夜は終わらない

複雑に入り組んだ現代社会とは没交渉

21018 アガサ・クリスティ「火曜クラブ」(ネタバレあり)

この2冊タイトル違いで同じ本らしい

ハヤカワポケミスの新刊「木曜殺人クラブ」がアガサ・クリスティの「火曜クラブ」へのオマージュだとかどうとかいう話をチラッと読んだので、じゃあ持っている「火曜クラブ」も読んでみようと思ったら題材が好みなのをKindleで買って死蔵していた最中で知るという…

↓火曜クラブの概要

甥のレイモンドを筆頭に、前警視総監や画家など様々な職業の人々がミス・マープルの家に集った。一人の提案で各自が真相を知っている昔の事件を語り、その解決を推理しあうという〈火曜クラブ〉ができたが……田舎の老婦人ミス・マープルが、初めて驚異の推理力を披露した短篇13篇を収録。

ミス・マープルと13の謎の概要

「未解決の謎か」ある秋の宵、ミス・マープルの家に集った客が口にした言葉がきっかけで、<火曜の夜クラブ>が結成された。毎週火曜日の夜、ひとりが知っている謎を提示し、ほかの面々が推理を披露するのだ。凶器なき不可解な殺人「アシュタルテの祠」、動機と機会の奇妙な交錯「動機対機会」など傑作ぞろいの13編。ミステリの女王クリスティの生んだ名探偵として、いまなお世代を越えて愛される名探偵の短編集、新訳でリニューアル! 創元推理文庫創刊60周年記念、〈名作ミステリ新訳プロジェクト〉第1弾!

うん、同じ小説だね!!

原題は東京創元社さんのほうが近いです。

あくまで個人的な好みでは東京創元社さんのほうがタイトルが好きです。単に「火曜クラブ」では入りにくい。アガサ・クリスティを知ってるようで殆ど知らない私としては。

 

ここでアガサ・クリスティを読む度にやってる断り書き

私はアガサ・クリスティはこれまで4冊?しか読んでませんが、ネタバレ王であるうちの母がクリスティのファンだったので、有名作はオチを知っていたり、一緒に映画を見せられているのである程度作品は知っています。

ミス・マープルものはこれが初めてで、ドラマや映画はちょっとだけ見てますが、初っ端から印象が違っていて(もっと見るからに聡明で活動的なオバちゃんだと思ってた)楽しいですね。

 

この作品はミス・マープルの家に集まった5人の客とミス・マープルで、真相が解明しにくい事件をお当番が語ってそれぞれが推理を開陳するという体裁で、隅の老人とか黒後家蜘蛛の会とかもそんな感じなのかなあ(結構違うかもしれないが、ニュアンスは似てると伝われ)

 

登場人物メモ

 ミス・ジェーン・マープル:アガサ・クリスティの名探偵ポアロと双璧をなす主人公ですよね。ドラマの馴染みが強くて、あの女優さんの佇まいが大好きです。名前ちゃんと知らんけど。お名前を見ると可愛いお洋服を見たくなってこの度Twitterをフォローしました。失われつつある「可愛いお洋服への憧れ」が蘇りますなあ。

 ミス・マープル自体はドラマはおしゃべり好きで聡明で地元のオバちゃんたちから頼られているオバちゃんのイメージがありますが、本作では隅っこで編み物をして話の聞き耳を立てている普通のオバちゃんという体で、錚々たる顔ぶれの人たちにめっちゃ見くびられています。

 失くなったエビ事件が迷宮入りになるのを気にしている。

 

 レイモンド:ミス・マープルの甥っ子で作家。想像力が豊かで聴いた事件をドラマチックに膨らませがち。

 

 ジョイス・ランプリエール:女流画家。レイモンドの友達かな?強い女性であることに意識が強く、男性へのヘイトがややある感じ。

 

 サー・クリザリング:世慣れた紳士という描写。元はスコットランドヤードの警視総監。

 

 ペンダー博士:老牧師。牧師は古臭くて見くびられがちというのを見返したい。

 

 ペサリック氏:弁護士。小柄で癖が強い。ちょっと人間不信?

 

表題作「火曜クラブ」

 迷宮入り事件という言葉がただ言いたいだけなくらいハマってる甥っ子のレイモンドに本当の迷宮入り事件について謎を解き明かしてみようと、たまたまミス・マープルの家に集まっていた6人で「火曜クラブ」を結成し、一人ひとりが当番で事件を説明し、のこりの5人で推理することに。

 表題作では元警視総監のサー・クリザリングが事件を紹介。

 缶詰のエビを使った夕食にあたった夫婦とコンパニオン(メイドというか女性の執事的な?)のうち、妻が亡くなってしまったのは夫による殺人ではないか?という事件が迷宮入りになったが最近真相が明かされた。

 

 どこまでがネタバレかわかんないけどミス・マープルがすげえおばさんなのは読んでなくても知っているので、そりゃあミス・マープルが無双なんですよ。でも冒頭から1話目の終盤まで完璧に見くびられているので論破が気持ちいい。

 ミス・マープルの推理は年の功とおばちゃん力という感じの洞察力、いまで言うと若干の偏見もあるかもしれないけど、でもあながち間違いじゃないよね、と納得してしまう。

 ネタバレなんだけど、美人のメイドがいる家の、陽気で女癖の悪い旦那はそりゃあメイドに手をつけるというミス・マープルの思い込みは「陽気で女癖が悪い」という条件があるから納得できるものね。

 郊外の住宅街で長年おばちゃんとしてコミュニティに属していると、人を見る目というのは養われるし下手したら人を支配できるし操れるよね、というのはリアルでも感じていることです。謝れないとか思い込みで人を傷つけるようでは駄目ですけどね(誰のこと)。ミス・マープルはそんなところはないので大丈夫。

 

「アスタルテの祠」

老牧師が語る迷宮入り事件(真相を知っているのは牧師だけ)は怪奇幻想じみた殺人事件で薄気味悪いけれど、これもミス・マープルが経験則で犯人を解き明かす。オカルトに寄った意見、自殺など歯切れの悪い推理の中でおばちゃんの過去の経験がものをいうからオチが楽しみで読んでしまう…が、事件の起こったパーティがほんのささやかなものと老牧師が言うよりちょっと大掛かりで贅沢に思えたのは時代と国の文化のちがいのせいね。

 

「金塊事件」

小説家の甥っ子が語る迷宮事件を伯母が非常に伯母らしく推理する(つまり割合の大部分が説教)甥っ子の人物描写が最初からそんな感じなのでお話にも納得。伯母の説教が面白くて後半ずっと笑いをこらえていました。ミス・マープル好きやわあ。ちょっとした不自然に気づくのも彼女ならでは。

 

「舗道の血痕」

女流画家のジョイスが語る、自分が目撃した不可解な出来事について。これは男性より女性の方が気づくだろうとミス・マープル。遠巻きの目撃者がいることが前提で起こる犯罪なんだけど、集まった人のどのくらいの割合で殺人事件に掠ってるのかが気になる名探偵コナンにツッコミいれ隊の私がいるのであった…そしてミス・マープルがサラッと語った自分の知っている事件が超絶恐ろしかった。

 

「動機対機会」

弁護士ペサリック氏の語りによる、自分が業務で関わった不思議な遺産相続の話。

遺産相続というネタが生臭い上に霊媒が関わってくるのでさらに生臭くて面白いのだけど、種明かしで身内の情報が効いてくる、伏線もバッチリでめちゃくちゃおもしろかったです。

ミス・マープルは余裕の推理で具体的にはわからんけどきっとこうだろうというざっくりとしたものにしろ当てていてやっぱり田舎の腕利きのオバハンは最強なのでした。私のほうが性格がいいのか、霊媒師の良心を信じようとしてしまった。んなわけねーじゃん…

 

「聖ペテロの指のあと」

ミス・マープルのお当番なんですが、このおばさん、喋るだけ喋って誰にも謎を解かせなかった…さすが…自分の見事な謎解き話を語っただけという…趣旨を理解してなさもおばさんあるあるかもしれない。事件は悲惨だけど面白く、でも昔の人の、精神障害者への容赦なさと慈悲がないまぜになった感じがおっかなかったです。でもミス・マープルの職業に貴賎なしという感覚は今にも通じて好きです。

 

「青いゼラニウム

舞台は火曜クラブから飛び出して、サー・クリザリングが推薦してミス・マープルが招かれた晩餐で場外乱闘…じゃなかった場外試合みたいな感じで身近に起こった謎について話題に出され、それを解くという作り。食事とかそのあとでの会話で神経質すぎる妻がいる男性とかその妻の死に方とか物騒であんまり愉快でない話が交わされるのがなるほどそういう話が好きそうな面子だったんだろうなあ。

繊細すぎる妻にこまる夫とか、その夫となにかしらの関係になりそうな女性とかってイギリスの20世紀初頭のお家芸かもしれん。「レベッカ」とか「女の一生」とか。ほかにもあるかな。実際よくありそうな話だったんだろうなあ。

この話には、花の色が変わると危険な予兆という壁紙が出てきて繊細すぎる妻を苦しめるんだけど、途中で壁紙を張り替えれば済む話だったのでは…?(いや、トリック的にそれでも死ぬんだけど)とも思いました。

全然気づかなかったし、わかりにくかったんだけど場外乱闘じゃなくて、ここからクラブの面子が変わったみたい。前の話のラストで一つ大きな展開があったのだけど、そこで一区切り、ということかな。

 

 ということで、ここから登場人物が変わるんだけど、前と違ってキャラクターと職業に特別な癖がない感じ。

 ミス・マープルとサー・クリザリングは引き継ぎ。

 ミセス・バントリー:大佐夫人で、ミス・マープルの住むセント・メアリ・ミードのむらにほど近いところに住んでいる。晩餐会の6人目の客として、サー・クリザリングの推薦を元にミス・マープルを招待する。

 アーサー・バントリー:大佐でサー・クリザリングの旧友。馬が好き。考察がメロドラマ。

 ジェーン・へリア:美しき舞台女優。晩餐会の招待客。考察がメロドラマ。

 ドクター・ロイド:年配の招待客でミス・マープルと世間話をしている。

 人数としては火曜クラブと同じだけど迷宮事件を語り、他の客に推理してもらうという取り組みを念頭に置いて集まったわけではないので事件について喋る人も複数で、解くのはミス・マープルだけという感じかなあ。

 

「二人の老嬢」

 富裕の老嬢と同年代のコンパニオン*1カナリア諸島でのバカンス中、海水浴場で溺れてコンパニオンが亡くなり、事故で片付きそうになったが老嬢は挙動がおかしくなり、帰国後にコーンウォールで入水自殺をして遺体は見つからなかった、という事件。

集まった面々の考察が雑で俗っぽいなかでミス・マープルがちょっとずつ指摘することにどうしても注目するけど(どうせ当たってるってわかるから)こちらもこの事件の真相はわかっちゃうから、動機や実現性を確認したら他の面々の考察もさほど間違いじゃなかったのが面白いところ。結局俗っぽい事情が人を犯罪に至らせるのかもね。

 

「四人の容疑者」

集まっている顔ぶれがそこそこの要職についていた(いる)人達なので、ネタが大掛かりなものもあったりする。サー・クリザリングは元警視総監なのでネタがでかく、国際問題がからんだりテロリストや秘密結社が絡む話にも関わらず、またもミス・マープルが身近な人の話を持ち出しながらも解決したのでした…ミス・マープルが教養ある女性だったから解き明かせた部分もあるけれど、身近な事件に目端を効かせているといくらでも応用が効くものかもしれない。

 

「クリスマスの悲劇」

 ミス・マープルが語り手で彼女の出会った夫婦に起こった事件について語られる。これが読み方を変えたら老女の妄想に感じられてちょっと恐怖ではある。が、作中ではミス・マープルの勘が当たって胡散臭く思っていた人が犯人であり、しんどいトリックを使って犯罪を行っていたことが判明するのでした。ミス・マープルもコナンくんも似てるな…ちょっとしたことで「こいつはあやしい」ってわかるからな。

 

「毒草」

 語り手がそれぞれ違うというのは、語り方の得手不得手も反映されたり、話を詳らかにするために周りも努力する行程も描かれたりしてバラエティに富むのだなと再認識。

 説明があまり上手でないと自分から言うミセス・バントリーによる回想で、最初はあまりに簡潔に語るものだから周りがあれやこれや質問して掘り下げていくという体裁でこれまでと違うだけに引き込まれました。事件そのものより、話を導き出すやりとりが面白かったような。

 ミス・マープルはやはり自分の周りと照らし合わせることで事件の真相に近づいたのだけど、周りとのやり取りを見ていると情報を引き出すと余計な情報も多くあり、ミス・マープルにとっては邪魔なのかもとも思ったり。関係ないエピソードには無関心な感じ、そのへんが天才っぽいですね。

 

「バンガロー事件」

語り手によって話の趣や周りの態度も変わるというのがそんなにいい意味じゃない状態で表出してるが、そこをひっくり返すしかけもあり。あまり知恵のない舞台女優ジェーン・へリアの語る番になって我々の間でもありがちの、本当は自分の話なのに「あたくしの友達の話」として語ろうとして周りに見透かされてるしうっかり主語を自分にしてまう。周りも語り手がちょっと自分たちよりは劣ると思うのでやんわりと話を導こうとするのは前のエピソードと同じ。女を基本的に馬鹿にしてる感じ。ただしミス・マープルは侮れないな、と思っているみたいだけど。

謎が謎を呼ぶ上に結末がこのお話の趣向的に反則の「語りても犯人を知らない」ということになり、周りががっかりする中でミス・マープルが気づいた真実はこれまでの殿方とジェーン・へリアとの関係性を足元から覆す感じで痛快でもありました。語ることに関しては勉強不足で劣ってるように見せかけて、演じることに関してはプロ中のプロ。気持ちいい。

 

が、あと1話を残してこの面子でのやりとりもお開き。

 

と、いうことは最後のエピソードはなんなんでしょうね。とっとと読みましょうね。

 

「溺死」からの、総括

ラストの一話は変化球にして集大成という感じでした。

冤罪を防ごうとするも、個人としての立場はかなり弱いから今までの知己と実績によって権力とコネに頼らざるを得ないのがこの作品の全編に渡って見くびられがちな老嬢といういまは死後になりつつある属性であるミス・マープルの切ないところ。

いまも女性というだけで見くびられることがままあるけれど、いまどき見くびるやつはたいていそんなに頭がよろしくないと思うのでまだいいが、この時代だとみんな呼吸をするように見くびるんですもの。女性だけでなくて学のない人、知性のない人は馬鹿にする風潮がそこかしこにあって子どもですら(大人からの刷り込みもあるんだろうけど)愚直で善良な人をバカにする。そのへんをアガサ・クリスティはひっくり返したかったのかもしれないな、と読んでいてそこかしこで感じました。

連作の構成、面子の関係性、謎解きも面白かったです。この方が様々なミステリの原点であったりするけどお手本にしたい。人の性根をこっそり見せるのもうまい。なんだかんだ言いながらゴシップネタも多くていけずな人の見方とかずっと笑ってました。

2021/11/20 読了。

 

Twitterで何回かつぶやいているけどポケミスなのにビニールカバーじゃなくて、それを特別なんです!と早川書房さん的にはいいことのようにお話されてるけど私的にはビニールカバーがよかったと思っているやつです。

本を読むために別の本を読むとか、映画を見るために別の映画を見るとかはよくあることですね。

 

東京創元社さんのほうを持ってる。作品社さんのは完全版だから、単価がお高くていわゆる鈍器本。

古い方を全巻持ってる(はず)

*1:って翻訳だけど立場的にしっくりするのは「侍女」じゃないかと思ったが、雇う側よりやや身分が劣るが付き添うのにふさわしい程度の教養がある人、身分に違いはあるけど友人に近い世話係、らしい。

レディズ・コンパニオン - Wikipedia