「血と霧」がすごく良かったので買ったけれど例によって例のごとく後回しになってしまっていた作品です。
「血と霧」を読んだときの日記はこちら。
生物も住めぬ死の海に浮かぶ十八諸島。〈語り部〉たちが島々を巡り集めた物語を語り明かすため、年に一度、冬至の晩に開かれる煌夜祭(こうやさい)。今年もまた、〈語り部〉が語り始める。人を喰らう恐ろしくも美しい魔物の物語を。夜が更けるにつれ、物語は秘められた闇へ……。第2回C★NOVELS大賞受賞作に書き下ろし短篇「遍歴(ピルグリム)」を収録。
ローマ数字の章で語り部2人が対話をし、各々交代で集めた物語を語るという体裁なのかな、間にタイトル付きの作品が挟まれます。
酸の海に浮かぶ諸島の島々が舞台で、行き交うために島々で蒸気機関で噴出した蒸気に帆を張って船を飛ばすというシステムが使われているのが特異であり特徴です。宮崎駿監督がテンション上がりそー…
奇想天外な多島海のお話というとクリストファー・プリーストの「夢幻諸島から」が頭に浮かぶのですが、あちらより島の住人や魔物に焦点があたっている感じ?
物語を語る語り部は謎めいたナイティンゲイルとベテランな感じのトーテンコフで、彼らは冬至の夜に夜明かしで尽きることなく物語を語らなければいけない事になっているというのが「序章」と「I」で語られます。間の語り部たちの対話にもものすごく意味があると思うのだけど、感想は終わってからまとめても良さそう。
「血と霧」でも思ったけれど、バリバリのファンタジーの世界だけど英語等外来語も多用されていて、パンはパンなのよね。これファンタジーでいつも気になるところではあるけれど、勝手に「地球が一度滅びて文化がちょっと残ったままやり直した世界である」と設定を作って自分を納得させています。
第一話「ニセカワセミ」
なぜ煌夜祭に語り部が夜明かしで物語を語ることになったのか、という起源に纏わる話。
語り部の語りはノンフィクションでなければいけないなど縛りがあること(もちろんとらわれない人もいる)や魔物の特徴についての説明をエモい物語に織り込んで伝えてくれるから入りやすい。残酷かつ美しい閉じ方でここの部分をもっと長回しで読みたかったかも。
第二話「かしこいリィナ」
ここで多島海の船の描写が細かく為されて「へ?飛ぶの??」と驚きます。強欲で愚かな隣の島の権力者VSミステリアスな賢者の三段構えの物語なのでおとぎ話のようでもあります。物語の秘密についてはこのあとの語り部の対話の項で語られるのだけど、改めて読み返したら伏線がそこかしこにあり納得。それでええのん?と思ったオチに対する気持ちはナイティンゲイルが代弁してくれたのでよかった。
第三話「魔物の告白」
この作品における「魔物」がどういった特徴を持っているのかを具に語っている物語。
一人称の語りで、本人が順を追って語っているより読みてのほうが先に本人の秘密を知ってしまっているのだけど、それでもそうでないといいなと思わせられたり、狂おしいほどの母親への思慕を切なく感じる。彼の義理の兄の存在がかなり良かった。
そして一人称で思いの丈や自分の見るもの、感じるものを描写しているので本人が話すより早くに、彼が本当に渇望していたものにじわじわと気づくので、語り方がうまいのだと感じました。この一話だけでも物語教室でディスカッションするに値する。
細かく描写を噛み砕いてどういう書き方が読み手に必要なことを行間で伝えられるかについて考えることができます。って話の内容より技巧のほうを評価してしまうけれど、話はさらに「魔物」についてわかったようで謎が深まり、面白くなっていってます。
第四話「七番目の子はムジカダケ」
貧弱な子どもだからと要らないもの扱いされた聡い子の成長譚。読み手はこの時点でかなり魔物に関して詳しくなっているので主人公ムジカにはわからないことに気づいているという書き方がやっぱり好きだわ。決して物語のなかの人物としては入り込めないけれど、神の気分で読めてしまうというか。
絶望的な展開でも優しいというか人の心を持った大人が存在するというのがここまでの特色で、残酷で過酷な部分もあるけどそれだけじゃないところがいいですね。
第五話「王位継承戦争」
語りては四話から引き続いてトーテンコフ。四話の続きになります。
この話を書きたくてここまで来たんだろうなあ、こちらを読むまでそれを気づかせないのがうまいわ。ブロマンスと思いきや、なんですが、語ることと語らないことは作者次第なんですよね。読者を混乱させようとしているように感じるところも無きにしもあらずだけれど、騙されましょう。
主人公二人の物語に終盤に向けて固唾を呑み、お風呂で読んでいるんですがお風呂から出ないまま終章まで読み切ってしまいましたねえ。冬だし軽く湯冷めしかけました。
第六話「呪い」
五話の終盤で三話とのつながりが決定的になったところで、実質両方の続きが語られることに。残酷な描写がなかなか辛いけれど、ここで語り手のナイティンゲイルとトーテンコフの正体がはっきりしていきます。薄々気づいていたけれども。
魔物が食べることで相手の記憶や物語を吸収してしまうというのは「バッカーノ!!」を思い出すシステムだけど、こちらのほうがよりリアルで即物的な食べ方なのよね。
第七話「すべてのことには意味がある」
二話のリィナとのつながりが出てきて物語はいまの煌夜祭に向けて収束していきます。実質五話の後日談という感じ?二話のオチも確認できて、いろいろ納得ができる。タイトル通りすべてのことには意味があり、さまざまな伏線を広げていたものが収束されていきます。
終章
悲劇的な展開があっても世界は続いていて大きな犠牲のあとに訪れる理性ある平和への希望が描かれているような。現実でもそうだけど、とんでもない暴虐のあとじゃないと理性的になれないものなのかね。美しい終わり方ができてよかった。
遍歴(ピルグリム)
こちらは描き下ろし短編とのことだけど、これまでの物語を振り返っているようで、お話の冒頭からの「魔物が語り部を食べることで物語が引き継がれる」ことがどういうものなのかを描いています。ここまで読んで漸くある意味ハッピーエンドの形が見えてきて、なんとも切ない。
五話からはノンストップで読んでしまった…構造が入り組んでいるので、よっぽどカタカナの島の名前や展開を記憶できないと一読では把握しきれないかも。私はカタカナが致命的に苦手なので「これってあの島?」と戻ろうとしても電子書籍だと面倒くさいので当たりをつけつつ続きを読んでいくって感じでした。この作品は紙の本のほうがよさそう。
一通り読み終わって地図を見返し、一話からサラッと読み返してわりと納得したけどやっぱり性別で混乱させようとしているところはあるなあ。別に姫じゃなくても良かったのでは。
そこにこだわらなければ構成が見事で語られることの面白さに満ちた作品でした。やっぱりこの作家さんは上手ですね。デビュー作でしたっけ、こちら。そんなふうに思えないけれど、C☆NOVELS関連はレベルが高いファンタジーを輩出するんですよね。
非常に満足しました。全く違うお話の連作集かと思って読んだところがあったのですが、良い意味で裏切られましたね。読み終わってみると「夢幻諸島から」とは全然違う趣でした。
つぎのお風呂本はなんにしよー