夜は終わらない

複雑に入り組んだ現代社会とは没交渉

22001 皆川博子「インタヴュー・ウィズ・ザ・プリズナー」 後半にネタバレあり感想

なんと3部作になってしまったシリーズの3作目。

18世紀、独立戦争中のアメリカ。記者ロディは投獄された英国兵エドワード・ターナーを訪ねた。なぜ植民地開拓者(コロニスト)と先住民族(モホーク)の息子アシュリーを殺したのか訊くために。残されたアシュリーの手記の異変に気づいた囚人エドは、追及される立場から一転、驚くべき推理を始める。それは部隊で続く不審死やスパイの存在、さらには国家の陰謀にかかわるものだった……『開かせていただき光栄です』シリーズ最終作。

1作めが格別に面白く、2作目は展開や幕引きがまさかまさかだったので3作目が連載中と聞いて「マジで??」と思ったものでしたが、書籍化されると意外な展開から始まり、あらすじからは想像もつかないものになりました。

まず、構成が見事でロンドンで解剖医の助手をやっていたエドがなぜアメリカでイギリスからの兵士になっているのかは前作を読めばなんとなくお察しなんだけど、獄中の彼を青年が訪ねるくだりと、エドに殺されたとされるアシュリーというネイティブアメリカンの女性と富豪の男性の庶子の手記と、アシュリーと出会うエドの仲間のクラレンスの視点で物語の骨格と肉付け、起こっていることの時系列が徐々に、本当に徐々に浮き彫りになってきます。

 

そのあたりが緻密な上に、アメリカ独立戦争の真っ只中のアメリカ合衆国北部とカナダとの国境あたり、五大湖周辺の世情がリアルに描写され、当時既に迫害されていたネイティブアメリカンの生活や民族としてのあり方なども説明臭くない程度に丁寧に描いてくれてこりゃあただのミステリじゃないわと改めて感服。博子様の取材力ハンパねえなあ…って

 

構成力、語りがとても上手なので、読み終わって振り返ると読みはじめの印象から大きく変わっているようで、一つだけ変わってないのがアシュリーの手記で私がじわっと感じたことですね。私の中でちょっとだけ敏感な腐女子センサーがざわめく。

そして皆川博子様の本を読んでいたらちょいちょい感じることなんですが、アシュリーが序盤で既に死んでいると語られているからか、アシュリーを切なく儚く感じるが故に、「なんとかこの人が生きていればいいのに」と願ったりします。そういう感情、前作もあったし「死の泉」でも感じていたな、あらすじ覚えていないけどそういう願いみたいなものを抱えて読ませるのです。

 

で、ここからネタばれ

 

アシュリーは私の願い通り死んではおらず、ある目的のために策を講じただけだったのですが、アシュリーは死んでるのか、死んでないのかがギリギリまでわからないのと、時代が時代だけに全然安心できないから死んでないと分かってもスリルはありました。

謎解きは人の数だけ二転三転したのが、前作より憶測がそのままという感じはなく、実際事件が起こって推理したらそんなに揺れるなあと思う。よくわかんないままあれよあれよと事件が起こる混乱ぶりがやけにリアル。

アシュリーの内面の揺れと成長は面白く読めたし、饒舌なクラレンスの内に秘めたエドへの悲しみといらだちや、エドの仮面も前作をうっすら覚えていたらせつない。アシュリーと「美しい湖」とエドクラレンスの出会いは僥倖だったんじゃないかしら。結果はどうあれ。

 

物語の背景としてあるネイティブアメリカンへの迫害や差別、二分する権力の動きや暴動などが語られる端々から書き手の皆川博子様の精神の美しさに触れることができます。

どういうプロセスがあったのかは知らないけれど、これが連載されていたとは。皆川博子様にますます憧れてしまいますよ。

 

これが皆川博子様の描くクソデカ感情…!!と胸を掴まれました。

 

一作目の「開かせていただき光栄です」からは全然想像がつかない展開と終わり方でしたが、人生、特にこの時代のヨーロッパやアメリカなんて特になにが起こるかわからないものね。

 

私は独立戦争の下りは昔ジョージ・ワシントンの伝記を読んだりしたくらいでうっすらとしか知らない(ぎりぎり「コモンセンス」とかは知ってる)あとは「ベルサイユのばら」でフェルゼンが一時期マリー・アントワネットから離れるために従軍した先が独立戦争当時のアメリカ、くらいの知識だったり、ネイティブアメリカンの迫害や戦いは「ラスト・オブ・モヒカン」とかあとはいろんなものの記事で読んだくらいでしたが、それでもわかりやすい描写で問題なく読めました。教えてやろう、説明してやろう、って姿勢がなくてさり気なくそこに生きている人を描いているだけでわからせるという筆力にも惚れ惚れする。

 

1作めのあの雰囲気の彼らをもっと楽しみたかったなあ…という気持ちもありますが(それだけ1作めの雰囲気が大好きだったのです)3作目も素晴らしかった。ありがとうございました。

今後の活躍も期待しています。まだまだ。