夜は終わらない

複雑に入り組んだ現代社会とは没交渉

22006 コードウェイナー・スミス 「スキャナーに生きがいはない 人類補完機構全短編 1」 #風呂本

コードウェイナー・スミスは前の版で紙の本をほとんど全部持っていてつまみ食いしながら長編の「ノーストリリア」を10年くらい前に読んだくらい。ノーストリリアはすごく素敵なキャラクターが出てくるんですよ、ク・メルって猫系の。その子の印象しかあんまり残ってない。

新版は全部Kindleで買ったはずなのでお風呂で読んでいこうと思います。

 

1950年、あるSF雑誌に無名の新人の短篇が掲載された。異様な設定、説明なしに使われる用語、なかば機械の体の登場人物が繰り広げる凄まじい物語……この「スキャナーに生きがいはない」以来、〈人類補完機構〉と名づけられた未来史に属する奇妙で美しく、グロテスクで可憐な物語群は、熱狂的な読者を獲得する。本書はシリーズ全中短篇を初訳・新訳を交え全3巻でお贈りする第1巻。20世紀から130世紀までの名品15篇を収録。

「夢幻世界へ」

舞台は第二次大戦終盤からそれ以降のソビエトなんですが、人類補完機構のシリーズ足り得るのは遠未来の部分かな。遠隔操作で人の精神を破壊するための装置を開発するソビエトの天才科学者のカップルと彼らを監視する然るべき機関から来た男女の話。科学者が開発しているものって今でいうとキングスマンの1作めでサミュエル・L・ジャクソンが作ったものと似てるのかな。それが思わぬ効果を発揮するという展開。

いまではそういうSFにいろいろ触れているので、冒頭の描写からソビエトの科学者の開発でオチまでわかるところがあるけどなんと言っても1959年に上梓されたものなのでこちらが根っこなんでしょう。

ソビエトの科学者と監視役の関係性などよく知ってるなあと思ったら作者がその筋の方だったという…この作者の作品を読むときにはその背景を知っておいたほうがいいかもしれない。

開発したもので垣間見た遠未来の情景は非常に興味深かったのだけど、そこに感情の細かなものはなく、一種のトランス状態である様子が伺えて想像を超えたものというものはそういうように表現されるのかしらんと、やはり言葉も感情も失っていった「幼年期の終り」の終盤の人たちを思い出したり。

そういうものを開発するにしても、人間関係は結構そのへんに転がっているような下世話さがあったのが妙味。女同士のマウントの取り合いがしょっぱかったな…

 

「第81Q戦争(改稿版)」

近未来での戦争の有り様が描かれているのだけど、「安全な戦争」という欺瞞というか矛盾を感じるシステムのなか、戦闘はマシン中心で、犠牲者を出させないというどちらかと言うとオリンピックみたいな感じ。国家間の宣戦布告も本人たちが捉えているより私の目線からでは軽い。国家間の折り合いや取引のために行われ、安全を重視するために様々なルールが設けられた変わり果てた戦争の中で、大統領の権力を笠に着たパワハラっぷり、空気の読まなさ、それに対して苛立ちを表に出せない軍人という関係性はいまと変わらないところを面白く感じました。これどこが改稿されたんだろ。

それより次の作品を読んでいる途中なのですが、これが面白いの!早く読み終わりたいです。

 

「マーク・エルフ」

遠い未来で独自の進化を遂げた人類の一人が、宇宙空間に浮遊する第二次大戦中のドイツで打ち上げられたロケットの一つを地球に戻すとそこにはコールドスリープから冷めた女性パイロットがいて、ちょっとした放浪の果てに自分を引き寄せた張本人と恋に落ちると書くとえらい陳腐だけど放浪中に出会う人語を解する動物人間やドイツ語しかわからない殺人ロボットなどが面白く、高度な科学技術を持っていたことになっている第二次大戦中のドイツの影響がそこかしこにある感じ。世界観に魅力があるのでもっと膨らませればいいのにすごい終わり方をします。ページ制限でもあったの??

 

「昼下がりの女王」

「マーク・エルフ」の話をもっと読みたいんですけど!と思ったらこちらが実質続きだった。

こちらも魅力的な犬人間や、猫人間になれなかった人(殺処分を免れて召使いをやっている)など魅力的なキャラクターが出てきます。その時代の地球がどうなっているのかなど外堀を埋めつつ、その時点で人間の驚異であるものと戦うという展開になるのだけど、そこから先が割と早く片付いてしまってもったいない…が、それが「人類補完機構」の礎になったのでした。主人公の心情をもっと深堀りしてもよかったし長編になり得る。

ウィキペディアを調べたらわかるのですが、人類補完機構の歴史に沿った編纂をされているようですね。つまり時系列的に並んでいるらしい。どれだけのつながりがあるのかないのかわかんないけど、人間型に改造された動物たちは今後も出てくるのはだいたいわかっているのでした。そこが楽しみ。いまは猫耳とかよくいるけど、友好的な関係性が結べる猫耳の人間を出したのってコードウェイナー・スミスが最初なのかな。かなりのケモナーですね!

 

「スキャナーに生きがいはない」

知ったかぶりの自分が物語を知ったふうに受け取って語るか、結局わかんないところはわかんねーよ!とぶっちゃけるかで感想が左右される困った作品。

説明がないまま固有名詞がたくさん繰り出されるのを文章を読んで大意を掴んで行くんだけど、多分読者の間でも解釈違いはありえる。ヘイバーマンとスキャナーの役割の違いがいまいちわからなかったな…スキャナーは「人間」に戻れるのはわかるんだけどさ。もう1回読めばわかるかもしれないけど、いまはいいや。

富野由悠季監督がなんの説明もなく「ミノフスキー粒子」という単語を多用したことより更に難解だと思う。ミノフスキー粒子ガンダムを見ていたらだいたい索敵しにくいんだな、とか電波障害みたいなんが起こるんだなってのはわかるけど(なんでもガンダムで例えたいガンダム脳)

スキャナーが人として当たり前の機能を失い、さまざまな苦痛を伴うがそれだけに多くの人間から尊敬され崇め奉られるような社会的地位を設けられるのが、士農工商の「農」の地位を思い出してしまう。生きていくために必要なものを供給してくれる立場だから地位だけでも権力者の次にしておきたい、そして持ち上げるだけ持ち上げて搾取したいという浅ましい考えからその地位を与えられたと私は習ったんだけど。

主人公がたまたま「人間に一時的に戻った」状態で、スキャナーの立場を脅かす案件が起こったと知るのだけど、社会的地位が大きいからか、トップがもともと権力者の末裔だからか、当時の法律がどうなってるのかわからないけど超法規的な決定が行われて、主人公はそれを阻止するために命をかけることに。

レトロフューチャーな雰囲気がありつつも、根底は派遣や非正社員の待遇の向上に脅かされる正社員がブチキレるという構図を思い出してしまうあたりや、社会的地位を与えられても人であることを失うという苦痛に耐えられるかどうか、地位にしがみつくかどうかなど、現代の世相や人間の浅ましさをいろいろ感じられる作品でした。

 

「星の海に魂の帆をかけた女」

序盤の匂わせや話の雰囲気からケン・リュウの「もののあはれ」みたいになるのかと思うような話。フェミのインフルエンサーを母に持ち…というのが今まさにって感じの、当時としては本来想像つかないかもしれない未来の女性の壁を描写していて、こちらはコードウェイナー・スミスの妻がコードウェイナー・スミス亡き後合作として完成させた作品らしいのだけど、女性の悲哀が描かれているあたりがコードウェイナー・スミスだけの作品じゃない、もしかしたら多分に妻の人の意識のほうが強いのかもと思わせられる。影響力の強い母が娘に何をしたかというのはそんなに説明がなく、母親が好き勝手やったことで割と迷惑していたのも癖の強い母親を持った娘あるある。コードウェイナー・スミスの妻のことをもっと知りたくなりますね。

 

「人々が降った日」2022/02/11読了

この作品、中国で翻訳されて出版されているのかな…?発禁ものじゃない?

コードウェイナー・スミスが存命の時点でこれを書いたことに戦慄し、いまいろんな問題を鑑みて「やりかねん…」と思ってしまったとんでもねー侵略を目の当たりにした男性の回顧録。ホラーめいた部分もあるというか全編に渡ってホラーと言うか、なるほどあの人口の多さならいまならいけると思ってしまった。ほんとうの意味で人権がない…が、そんなことをやる国家の行く末なんかしれてるというのも暗示していましたね。知らんけど!

 

「青をこころに、一、二と数えよ」2022/02/18読了

いま取り沙汰されるルッキズムの観点からいろいろと考えさせられるけど作者はそのへんを狙ったのかどうか。遠い惑星に入植した集団の中でだんだん醜い人間が生まれるようになったから調整するために美形ばかりを選出して補充することにってあたりでなんじゃそりゃっておもうわね。

その中でも格別に美しい女の子には天性の庇護欲をそそる素養もあり、冷凍睡眠状態の彼女の宇宙での長い旅を心配した乗組員たちがある仕掛けを施したことを伏線に、閉鎖環境におけるスリラーあり、どんでん返しあり、意外な展開ありで…これがめちゃめちゃおもしろかった!

この短編集の作品って同じ世界観なのに趣向がいろいろ違っていてすごいとここまで来てしみじみ感じております。本当に面白かったなあ。

 

「大佐は無の極から帰った」

4次元のものを2次元(平べったく)にして宇宙を旅させる航法が発明されてその人体実験に選ばれたパイロットが旅立ったあと行方がわからなくなったが、セントラルパークで見つかる。が、異様な状態である、という入り口。そのパイロットの異様さが銀魂とかギャグマンガ日和のノリなんですよね、あくまでシリアスで彼の周辺は本当に困ってるんだけど。

だって全裸で床に鉤十字の形を自分で作って這いつくばってるのがデフォルトで、服着せたら暴れるし体のポーズを治そうとしても暴れるしで大変という描写、実際どんなものか想像したら銀魂の近藤さんがサボテンダーのポーズとってるとしか思えない…

そんな彼を救うのがニュータイプでした!という展開で、「マーク・エルフ」とかでちょっと存在があった超能力者が登場。SFでも超能力者が出たり獣人が出たりいろいろ自由でいいな。

 

「鼠と竜のゲーム」2022/02/22読了

タイトルが有名だけどこんな話だとは…

この作家さんが猫好きなのは他の作品でもわかるのですが、様々な設定を駆使して大掛かりなSF作品を書いているけど結局言いたかったことは「猫大好き!!!もうその辺の女というか人間より好き!!!しゅきったらしゅき!!」でした。ありがとう。共感してしまった。

しかも今日という日に読み終わったことが偶然とは思えません。

 

「燃える脳」

お話の主筋に妻の存在は関係ないような気もするけれど、美しさとその人の本質の乖離に苦しんでいた女性と、彼女を心から愛していた夫の長い長い物語を断片的に見せられたような気がする。作者は美しさについて思うところがあったのかも。

 

「ガスタブルの惑星より」

異星人とのコンタクトから思いがけないオチに。このオチがブラック・コメディそのもので面白かったな…あまり多くのことを書きたくないが、聖剣伝説レジェンドオブマナにこんな造形の人出てきたって感じの異星人だった。

 

アナクロンに独り」

宇宙への旅は時間旅行でもあるという当時一番トレンドだったはずのネタを悲劇的な仕掛けにしている感じか。「燃える脳」の登場人物が再び出てきたけどそれらしい活躍は見られなかったのが残念。

 

「スズタル中佐の犯罪と栄光」

よしながふみ先生の「大奥」に野性味を足してリアリティを強化した事象があまりにも凶暴なので、急場しのぎでどえらいことをやっちまいました☆って展開なんだけど作者は何を言いたいかと言うと、「猫大好き」なんでしょうね。

でも猫へ求めるものが犬の方に向いているのではと思ってしまう…

作中に出てくる人種?がそうなるしかならなかったのだろうけど気の毒ではあるし、もしかしたらいまの人類だって必要に迫られるかもしれないと思うとちょっと寒々しく思ったのでした。

でも結論としては猫大好き、猫ありがとう、なんでしょう。

 

「黄金の船が―おお!おお!おお!」2022/03/04読了

独裁者がルールを破って侵略するといういまそこにある問題に少し符号するものに対して打って出るやりかたが面白いが、打って出ようとさせる体制側が腐敗しきっていて戦う側に人権はなくギリギリのところで尊厳を守ってやるという感じ。また戦い方もなかなか強烈で、やはり人権はなくとんでもねー扱われ方をされる。でもそうでもしないと都合よく扱えず、平和は訪れないということから必要悪ってことなのかしらん。いいことのようには感じないけれど。

タイトルが変なのですが、ちゃんとタイトル回収はされます。

 

読後振り返って。2022/03/04

第二次大戦中ソ連から何万光年も離れた宇宙までほぼ同じ世界の話を展開させているのに全部が全部奇妙さが潜んでいるからか、むしろおかしくない気がして妙に馴染みます。面白い。

そこかしこに猫がいて、猫への思いが強いけどデレデレはしてなくて怖いくらいガチな気がしました。

作者について更に調べたいような(wikiにはどうしてお亡くなりになったかとか作品に対するスタンスについてさほど触れておらず、かなり上の方にいた軍人で、だからか匿名で小説を書いていたというのだけはわかる感じ)、更に読みたいような気にさせられます。

今の世相も暗示しているようなところもあり、かなりの知見を備えた方のようだから気まぐれに適当に書いたようなところもそうでないかもと深読みしたくなるような。

実はこの3冊続く短編集の2冊目が読みたくて買ったようなところがあるのでこのまま続きを読もうか、別のものへ脱線しようか悩みどころです。他の短編集だともうお腹いっぱいだから毛色の違うやつを、と思うときも結構あるけど、こちらは「これ更にどう広がって行くの?」ってほうが気になっていて雰囲気をあんまり忘れないうちに読みたい。

この作品集で私が好感を持ったのは、感情が薄いんですよね。それぞれに胸に秘めたものや優しさもあるにはあるし、ところどころ救いもあるんだけど、冷たい現実とかザラッとした関係性とか利己的な思惑とかに負けてしまう部分もあったり、こちらの感情を重たくは揺さぶってこない、ちょっとフィルターをかけて感じさせる他人事めいた部分がつよいような。

だから結構ひどい表現も「ひでえなあ」って終わらせてしまうところがある。

たぶん作者と猫を語っても私とそこまで好きが一致しないと思う。でもお互い猫が好きなんですね、っておしまいにできる。温かさはさほどないけれど、愛はそこかしこにある。そんな感じがしました。抽象的ですが。