夜は終わらない

複雑に入り組んだ現代社会とは没交渉

21003 オルダス・ハクスリー「すばらしい新世界」(光文社古典新訳文庫)(電子書籍で)

電子書籍の蔵書がアホみたいに多いのにここ1年位紙の本の手触りの良さがいいよねーなんてふざけたことを言って紙の本を買いまくったので、でも私、じつはどっちでもええねんでと自覚するために??電子書籍積ん読を減らしていこうと試みていました。 実は電子書籍のほうが読むのが速いんですよ。そして読み出すとあんまり挫折しないのも電子書籍

 紙の本も持っているつもりだからどうしても紙がいいなあと思ったら切り替えようと思っていたんですが、見つからないのでこの作品は電子書籍でしか持っていないのかも。

ディストピア小説としてジョージ・オーウェルの「一九八四年」と並び挙げられる有名な作品ですが、最初は今年のはじめにまず読もうと思ったんですよ。(オーウェルはハクスリーのイートン校のフランス語の生徒だったとのこと)

でも今年のはじめにこちらで書いたように、今年を暗示する可能性があった場合にディストピアは洒落にならんと思ってあとに回したのでした。確かに洒落にならん内容だった…

暦2540年。人間の工場生産と条件付け教育、フリーセックスの奨励、快楽薬の配給によって、人類は不満と無縁の安定社会を築いていた。だが、時代の異端児たちと未開社会から来たジョンは、世界に疑問を抱き始め……驚くべき洞察力で描かれた、ディストピア小説の決定版!(『BRAVE NEW WORLD』改題)

iPad miniKindleアプリで読んだのですが(買ったのは2015年で、たぶん半額還元だったんじゃないかしらん)Kindleのいいところは気になったところのマーキングが容易く、それを見返すのも集約するのも容易いところですね。紙の本は書き込みするのも嫌いだけど電子書籍ではその嫌悪感も書き込むことによる罪悪感もない。

特にこの作品のようにメッセージ性が強い作品は引っかかったところをマーキングしていったほうが良さげなので電子書籍向き。

管理社会における人の生き方や作り込まれた考え方や価値観が興味深くていっぱいマーキングしてしまった。家族や宗教への嫌悪感や忌避感とか。未来の都市の描写も面白くてマーキングしてたり。

 

読んだ感想なんですが、むちゃくちゃ面白かったです。本来こうあったほうがみんな楽に生きられるのかもしれないという世界を希求して想像を膨らませた結果がこのいびつな世界なんだろうか。

世界がどのように運営されているか、人々がどんな生活をしているかを事細かに語られたあとで後半、その世界に疑問を抱く未開の地で生まれた文明人の子ども、ジョン(美男という設定)が世界を管理する統制官と文明や世界や宗教について長々と問答するシーンがあるのですが、それを読んでいて感じたのが、現代のコンプライアンスで様々なものが配慮や制限されていること。誰もが傷つかないために、不利益を被らないように、時には傷つけられたと腹を立ててクレームをたててコンプラ違反だと問題視され、謝罪して是正されるあれこれ。傷つかないほうが心は安定するだろうけれど、逆に傷つくことに対して神経質になっているような気もする。おおらかではない。それについてじわじわ肌で感じていたことを思い起こされる文言がチラチラ出るのですよ。

純潔を守ると激しい感情が溜まるし、神経衰弱にもなる。激情や神経衰弱は社会を不安定にする。

 これはフリーセックスを奨励する理由として挙げられているのですが、抑圧された管理社会のはけ口としてフリーセックスとか心を平穏に保つドラッグとしょーもないけど体感も再現できる触感映画が奨励された世界なんですが、これらのおかげで普段は穏やかで平和でいられるらしいのですが、現代の社会のあり方って抑圧された部分が多くてはけ口がないから不安定になってしまっているように受け取れる。だからコンプラで傷つくことは減っても閉塞感もある我々に足らないのはフリーセックスとドラッグと安いエンタメ映画(この作品ではゴリラの結婚式などが映画になっていた…って銀魂かよ!!)なのかもしれない…わたしゃー嫌だけどな。

 

そんな今の時代に対する憂いもちょっと浮かびながらも、これが1932年に書かれたことにずっと驚きながら読んでいました。翻訳がさすが「新訳」で、この光文社古典新訳文庫のコンセプトにあるように今の言葉で読みやすくなっているんですよね。いま書かれた小説のように感じるくらい新しい。テレビジョンや映画がフルカラーである描写もあり。これ昭和7年の作品ですよ。調べたらテレビ自体は存在して、少しあとにはオリンピックの中継もあったような時代ではあります。日本ではもっぱらラジオの時代ですけど。

同じ姿の子どもがガラスの壜からたくさん生まれる技術がある世界で社会を運営するために大量生産されるようになった世界でカーストも人種の優劣も存在する社会が本当に存在しそうなくらい細かく描写されるんだけど実に想像しやすい。そしてチラチラと「本当は日本政府はこんな世界が望ましいんやろうな」と思ったりだ。少子化対策いらないものな。面白いのは、人種間ではどちらも相手を軽蔑するよう条件付けをされているところ。どちらかが劣等感を持つとかなくて、どちらも相手を見下しているのでどちらも自分の中では優位に立てて心が平和らしい。

たまーにこの世界ええやんってちょっと思ってしまうのが怖いところではある。

嫌だと思っているうちは理性とか知性を手放していない証拠なのかもね。

 

一箇所だけ書かれた時代らしかったのが、未開の地から連れてこられた「野蛮人」と呼ばれるが、シェイクスピアを愛読し、神や迷信の存在を知っているジョンの女性への価値観。

純潔であり貞節を守ることを(私が受け取る限りでは)過剰に求めるあたりが20世紀前半のキリスト教の世界だなーって。今だったら好きだったらセックスくらいええやんって思ってまう…

 

そこくらいで、あとはいま読んでもとても新しい。宗教や哲学、家族に対する考え方について斬新さすらありました。私もそれらの全てに懐疑的だから。(宗教において)懐疑的でいられるのは若いうち、みたいな事が書かれていて若いままでいたいなーと思ったものでした。そこにもマーキングしましたよ。

 

ところで、電子書籍だと本の厚みがわからない分、いま読んでいるのが全体の○○%という表示があります。残りのページ数とかで表示のある仕様のアプリもあるかもね。

私が紙の本が好きなのは物理的に残りのページ数がわかるところなんだけど、それがない分、%の数字を頼りに「あと○○%」とかたまに確認しながら読んでいました。が、この文庫は解説や作者本人の「新版へのまえがき(なのに物語の終わったあとに掲載されている)」や年譜も含めてのパーセンテージで、そのおまけの部分がかなり充実しているんですよね。

それに気づかずに読んでいるから思わないところで「へっ!?終わり!!??」ってびっくりしました。

終わり方がすごかっただけに…ある意味私好みだけど…

あと15%読むつもりで進めていたからそこで終わってほんまに、今年始まって一番びっくりした瞬間はこれかもしれない…

 

それにしてもすごく面白かったし、これは研究者の親友とかこの作品の一部分の分野にいろいろ言いたそうなお婿(決してフリーセックスのところじゃない)といろいろ議論できそうで、とっとと彼らに読んでもらおうと思っています。親友とLINE読書会できそう。

 

この作品はちょっと前に早川書房さんからも新訳が発売されていて、大森望さんが翻訳されています。

どのへんの翻訳に違いがあるのか気になるので読んでみたい。私的に翻訳家として馴染みがあるのは大森望さんの方です。 コニー・ウィリスの作品でおなじみ。大好き。

すばらしい新世界 (講談社文庫)

すばらしい新世界 (講談社文庫)