夜は終わらない

複雑に入り組んだ現代社会とは没交渉

22008 テッド・チャン「あなたの人生の物語」

私が持っているのは「ばかうけ」の表紙じゃなくて、その前のデザインの紙の書籍と、電子書籍

前回お風呂で読んだ「アルファ・ラルファ大通り」が変な作品が多くて、同じく頭が良すぎる人が書いている上にこっちの理解も捗りそうな本を読みたいとこちらを手に取りました。

読んでいて「ああ、漸く美味しい水にありついた」という気分に。自分も知っているルールに基づいて書かれている空想科学小説と、私のよく知らない過去の教育と文化と数々の歴史的大事件を経て描かれた遠未来が舞台の小説とでは自分にとっておいしい水は前者かもしれない。まろやか。

コードウェイナー・スミス人類補完機構2は硬度高くて癖があるお水という感じ。噛みながら飲んじゃうような。

「アルファ・ラルファ大通り」が悪いんじゃなくて、こちらの理解と気分が追いつかなかったのが悪いのですが、この作品集は理解とか気分とか超越して「どんな物語が目の前に現れるんだろう?」というワクワクでいっぱいです。

 

「バビロンの塔」

旧約聖書に書かれたバビロンの塔をまさに建設する職人たちが塔の最前線(天辺)へ向かう話ですが、リアルとおとぎ話じみた設定がないまぜでまあ聖書なんて信者ではない者からすれば完全にファンタジーだし!と妙に納得しながら一人の職人が天辺まで向かい、そこから作業に入るくだりを一緒に感じていきます。バビロンの塔がどういうことになるのか、聖書をそんなに知らなくてもそこは知っている人が多いのでそれを前提に書かれており、いつどうやって崩壊するのかこっちは気になっているのですが、テッド・チャンは面白いアンサーを叩きつけてきます。

「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」と同じオチ…といえるかもしれない。

塔の天辺へ向かう途中の階層の自給自足の描写が好きで、もっと細かく描いても良かったのにと思ってしまった。

巻末の作者による解説を読むと、ファンタジーでもSFでもなくリアルらしいけど、ということは宇宙ひも理論的な感じでつながっちゃってたって感じなのかしらん。知らんけど。

 

「理解」

事故で植物状態になった男性が新薬のおかげで回復どころか超人的なスペックを手に入れてしまい、国家の陰謀に巻き込まれそうになるのを回避しながらも立ちはだかったのは同じ状況で超人的なスペックを得た者だった…!という膨らませ方によったらマーベル系のアメコミとかにもなり得るけどそうはならず地味かつリアルを追求した感じの内容でした。

書き手がどういう思考を発展させてこういう作品を書いたのかわからないけれど、一定のスペックを提示して、そういう人間がいたらどう動くか、世の中はどう見えるかというシミュレートを行っていった結果、のように思えるほど緻密で丁寧な描写が続くけどエンタメ的とはいえず、思考遊びが面白く展開したように受け取りました。

ただ主人公は相手より超人化したのがすこし遅く、大義を持たず、大事に思うものが自己本位だった、相手は違ったということが最後に大きな影響を及ぼすのだけど、相手の決定打の打ち方が少年漫画の超強い敵そのもので、えらくかっこよかったです。藍染惣右介みたい…

むちゃくちゃ面白かったけど、対決の部分をもっと噛み砕きたいからもう一度あのへんだけ読み返そう。

 

「ゼロで割る」

2,3回読んだほうがいいかもだけど、自分にとって本質的な部分はこころに傷を抱えた夫婦仲だと見据えると数学的な訳わかんなさ、章立ての意味(超文系だからよ、1と2が同じと言われても(゚Д゚)ハァ?としか反応できないのよ)はまあ置いておける。

自分の失われつつある天才としての特質に対して正面から捉えられない人が、憤懣をぶつけられる相手がいたら残酷に振る舞ってしまうというのはよくあることで、それを相手がどう思っているか、心の離れていくさまが描かれていてなんとも悲しかったなあ。

 

あなたの人生の物語」2022/05/08読了

母の日に読み終わっちゃうんだなあ…

映画化されているのでそっちが見たいと思いながら我慢してました。

言語学者の主人公と宇宙生命体とのファーストコンタクトと未来形で語られる娘との関係性がわりと交互に構成されていて、母娘あるあるな関係性の中、時間軸がめちゃくちゃなので衝撃的なこともあったりしてこれはどういうことなんだろうと不思議に思いながら最後まで読んだら納得が…できるっちゃあできる。

言葉で語る時間に関する認識が宇宙生命体と地球人類とではすごく違い、その宇宙生命体のやり方で人生という物語を見たらこうなった、という感じなのかな。

結構序盤のあたりから胸に来るものがあったので、この物語がある程度理解できる自信がある人はお母さんなり娘なり、自分の大事な相手が生きているうちに読みましょう…

エイミー・アダムスとクリプラが好きなので見たい。が、これどうやって映画化したんだろ??

 

「七十二文字」

序盤で起こっていることがゴーレムの秘術とわかった私はオカルト好き!(これだけは先に書いておきたかった!大好物キタ!)

カバラの秘法によって産業革命が起こっている世界で人類存続の危機が判明し、それに対してカバラの秘法で回避しようとするのだけど(システムの違う人工授精みたいな)そうするならそうするで様々な問題が起こり、己の良識が試される…という展開だけど、読後感が「息吹」並みにスッキリするので「息吹」と同じくらい好きです。モチーフがとにかく好きだもの。

例え世界の有り様が多少違っても人間の性根というものが変わらない限り起こる問題も変わらないというのを感じさせ、でもそこで人の良識が昇華したアイディアがキラキラと輝いて希望に満ちた未来が見られるのが嬉しい。いい作品でした。

 

「人類科学の進化」

ショートショートというか言葉遊びというか。ものすごいことが起こっているけど大した問題にはならない…ってことですよね?って感じ。

 

「地獄とは神の不在なり」

天使降臨が実際に存在する世界観ということになっているけれど、降臨の際に起こることが天災とも奇跡ともとれるもので、それに対する解釈というか折り合いの付け方を巡って神に振り回されている人たちの物語という感じ。

身体障害を神罰とか恩寵と捉える人が実際いるかもしれないけど、私の身の回りにいる数人の障害を持っている人はそんなふうに捉えるより現実を自分らしく生きていくことがまず大変でそれどころじゃないような気がする。うちの母も障害者手帳を持っている身体障害者。私はサイボーグって呼んでるけど。

心のやり場を求めて宗教に傾倒する人もいるけど障害に宗教的意味を見出すようなことは本人は思ったり言っても他人はとやかく思ったり言ってはいけないという空気はある。またそうあったほうがいいと私は思う。余計なお世話だもんね。聖職者や信者がそれに対してなにか触れるようであれば思慮があるようでないから気をつけて。

神が確実に存在する世界の話だとしてもその神は本当に「神」なのか謎。なにが救いなのかも謎。神が本当に人一人ひとりの愛を求めているとも思えない。

めちゃくちゃおもしろい話ではあったんだけど、満たされないものを感じてしまった。

ところで、この作品から影響を受けてケン・リュウが小説を書いていたような気がするけどどこを影響受けたんだろ…って調べたら「紙の動物園」所収の「1ビットのエラー」だった。

改めて「1ビットのエラー」を読むと、なるほど「地獄とは神の不在なり」とつながりを感じるけどこちらは障害を罰にも恩寵にもしていないような。信仰への折り合いの付け方、納得の仕方とかがこちらのほうがよりリアルな気がする。どちらが好きかというともちろんケン・リュウの方。愛する人を失うということと神の御業をつなげるより宇宙規模の事象を絡めるほうが私には収まりがいい。改めて読んだら面白かったです。

 

 

「顔の美醜について―ドキュメンタリー」

様々な立場にある登場人物がインタビューめいた独白形式で顔の美醜を失認する施術を受けるか受けないか、また子どもの頃から受けて最近外した人などに起こっていることが語られる。

自分はこういうことが可能になったらどうするだろうという課題を提示され、この思考実験のような話を読み進めて誰の言い分が自分にフィットするか考えたり。

オチがなかなかの地獄でこの問題とその解消の仕方を突き詰めれば確かにそうなり得るな、と思いました。

で、自分がその美貌失認の施術を受けられたらどうするかと考えたけど私は美しいものを見ていたいからお断りですね。コンプレックスとか劣等感がないわけではないけれど、それより美を愛でる高揚感を大事にしたいわね。

この小説が書かれたのってそこそこ前なのだけど、この時点でルッキズムが問題視されていてポリティカル・コレクトネスという単語も出てきて当時の日本では聞き慣れない言葉だったんじゃないかとそこに焦点を当ててちょっと風刺めいた物語が書けるテッド・チャンすげー!という気持ちで物語を読み終わりました。

 

振り返り。

あなたの人生の物語」を購入からかなり経って(だって表紙が過去のやつですよ)漸く読了して非常に充実した気持ちです。一番好きなのは「七十二文字」ですが、他の物語もいろいろ考えさせられて読書会向きだなと、読書会に参加しないから読書会を主催するかもしれない親友に勧めました。親友もすでに購入しています。

 

お風呂で読むと捗るなあ…次は何にしようか、数作絞っているんですが、明日まで保留です。