夜は終わらない

複雑に入り組んだ現代社会とは没交渉

22010 サラ・ピンスカー「いずれすべては海の中に」

新刊だけどKindle Unlimitedの対象なんですよね。竹書房さん攻めてるなあ…ポプ子に何度破壊されても立ち直ってるだけあるわ、強いわ。

最新の義手が道路と繫がった男の話(「一筋に伸びる二車線のハイウェイ」)、世代間宇宙船の中で受け継がれる記憶と歴史と音楽(「風はさまよう」)、クジラを運転して旅をするという奇妙な仕事の終わりに待つ予想外の結末(「イッカク」)、並行世界のサラ・ピンスカーたちが集まるサラコンで起きた殺人事件をサラ・ピンスカーのひとりが解決するSFミステリ(「そして(Nマイナス1)人しかいなくなった」)など。
奇想の海に呑まれ、たゆたい、息を継ぎ、泳ぎ続ける。その果てに待つものは――。静かな筆致で描かれる、不思議で愛おしいフィリップ・K・ディック賞を受賞した異色短篇集。

 

最近お風呂で短編を読むのも大概にしろってくらいお風呂でしか本を読んでない感じで、次に何を読めばいいのかわかんなくて面白いのが読みたいけど私がいま面白いって思うのはなに?と妙に悩みながらなんとなく読んだのが超面白かったという…大成功ですやん

 

「一筋に伸びる二車線のハイウェイ」

私もやっちゃいそうな不慮の事故で右腕を失った農業を営む青年が両親の意向によりサイボーグ手術を受けるのだけど、その腕が腕なのか道路なのか分からない。行ったことのないコロラドの道路になろうとしているという、そのアイディアがもう、「なにそれ大好き」と思っちゃう。

いわゆる奇想ものなんだけど、書き方によったらすべってつまんない話でもうまくSFとリンクしてその人のバックボーンや営みと混ぜるととびきり面白くなる。その好例。大好き。

 

「そしてわれらは暗闇の中」

妊娠を諦めたレズビアンカップルの片方が夢の中でイマジナリー赤ちゃんを育てるのだけど、ある日現実の西海岸の海に大勢の赤ちゃんが出現してあの赤ちゃんこそ自分の赤ちゃんだと思う人達が対岸に詰めかける。もはやどこまでが夢かわからん話ではあるけど、根底には(そういうことには言及されてはないけど)男性同士のカップルより女性同士のカップルの方が平均的に収入が低いという格差問題がにじみ出ていて、貧困を理由に不妊を治療できない、諦めるという流れから赤ちゃんを渇望するという現実と背中合わせなのでどういうラストであっても切ないしハッピーエンドかどうか分からないですよね。ハッピーだといいんですけどね。赤ちゃんを得ても失業してしまったことの埋め合わせになるかどうかはその人によるだろうなあ。

 

「記憶が戻る日」

お話が進むごとに全貌が明らかになる手法って難しいけど主人公が抱えている悲しみや祖母と共有しているある緊張感をさり気なく表現するのがうまくて、何が起こったのか具体的には伝えないのに胸に重たいものが強く残る。主人公の母親に施されていることの是非については我々も考えたほうがいいと思います。結局は個人の自由なんだろうにな。

 

「いずれすべては海の中に」

こちらも「記憶が戻る日」と似た手法で書かれているけれど途中まではそれを感じさせないので余計に驚きます。もっと話を広げてその世界がどうなっているのか知りたいけれど、あくまで語り手が把握している部分しか展開していないから余計に恐ろしい。うまい書き方するなあと何度か唸りました。

 

「彼女の低いハム音」

徐々に明かされる不穏な世界観の中で息を潜めて生きる少女と彼女にあてがわれたおばあちゃんの代わりになるものの関係性や少女の心の向きがリアルで彼女を取り巻く環境の変化も映画を見ているようなスリルも含み、今の情勢もあっていろいろ考えさせられた。題名のハム音が安心をもたらす心音なんですよね。孤独の中で強くあろうとする少女とおばあちゃんという存在は他の作品にもあったので作者にとって思い入れのあるものなのかもしれない。

 

「死者との対話」

未解決事件が起こった家の間取りを再現した模型の各所に居住者の当時の証言が作動するようプログラミングされ、聞きたいことを尋ねたら答えてくれるという商品を開発した学生二人の物語で、そのうち一人もまた未解決事件に関わりがあるのが作中でさらっと語られるところからの、オカルトやスリラーにもなり得るのにあくまでビジネスパートナーとの関係性や人間の好奇心などに焦点を当てていたのが好印象。私だったら怪奇小説になるのを期待しちゃうけど。そうならなくても寒々しさって生み出せるものなんですね。

実際こういう商品があったら売れるかもしれないけど様々な権利が発生するだろうからそのへんがクリアになりそうなウィンチェスターハウスくらいしか実現しそうにない気もしました。発想は超面白いけれど、悪趣味なのは確か。

 

「時間流民のためのシュウェル・ホーム」

すごく短くてなんなのか把握できないまま終わりそうな中で、タイムリーパーや予知能力やそういう時間に絡む常人にない力を持った人たちのグループホームみたいな場所の話なんだというのはわかった。わかった上で改めて読んでも彼らの大変さはなかなかわかりにくかったな…

 

「深淵をあとに歓喜して」

戦時中にロマンティックな出会いをした夫婦が長生きをしてある日夫のほうが病に倒れてしまう、そこから妻が心に秘めていた夫の悲しい過去が蘇るのだけど、明言はしないものの出てくるキーワードで夫がどんなことに関わっていたのか察してしまう。察することが出来なければググりましょう。

かなりの高齢の女性の身の処し方についても考えさせられる、短い中に人の生涯の重さや切なさが盛り込まれた良作でした。

 

「孤独な船乗りはだれひとり」

寂れてる港町にセイレーンが出るようになって船が出られなくなってしまい、そこで一人の船長が宿屋で働く少年ならセイレーンに惑わされず出港できるだろうと一計を案じるが、少年にはその思惑を凌駕する秘密があった…という、おとぎ話のような、おとぎ話の裏話のような物語。少年のこれまでの生活や周りの人との関係や街の雰囲気などが短い中で描き出されていて陰鬱さがあるのに倹しく精一杯生きている様子が伺えて、ラストの展開がこの人ならできるだろうなとすごく説得力がある作りになってるんですよね。ページ数的には小品だけどボリュームを感じる作品でした。

 

「風はさまよう」

アンディ・ウィアーの「火星の人」で火星で一人ぼっちだった主人公の心を慰めたのは古いドラマのアーカイブだったし、マーサ・ウェルズの弊機くんの楽しみもドラマのアーカイブだったり、地球から離れてもそれまでの歩みから離れすぎずに心を保っていられる要素としてミームがあったのが、この物語では1万人単位が搭乗する居住環境が整って人類が生活できる様になっている巨大な宇宙船の中でもう40年は暮らしているなかで、割と早いうちに地球にあった文化的なアーカイブが一旦すべて失われてしまったことがお話が進むにつれてわかります。

それに対して人々が行ったことや、主人公の感じていることが実際あったらそうかもなと思わされるもので、でも退屈でも派手すぎることもなく、やはり失ったものの大きさはわかるので切ない。地球に戻れない状況で地球を感じられるあらゆるものが殆ど失われるというのは筆舌し難いだろうなあ…現状自分にはありえないことだけど、そういうことに思いを馳せることができるというのは読書の醍醐味やと思います。

 

「オープン・ロードの聖母様」

近未来の荒廃した雰囲気が若干ある世界観でパンクバンドが植物油を燃料にしたトレーラーで巡業していて、主人公はロートル感があって昔は人気があったバンドボーカルだった女性。体にムチを打ちながら、劣悪な環境の中で巡業する道中でその世界でのパフォーマンスの有り様が変わっているが、彼女はそれに反抗しつづけていることが判るのだけど、哀愁と底力を感じるし絶望的な展開であってもなんだかキラキラしていた。

 

「イッカク」

亡くなった母の遺品である車を彼女の郷里に持っていきたいというダリアに雇われたリネットは8日間のドライブに付き合うことになる。その車はステーションワゴンのシャーシにクジラが乗ったものだった…

読んでいて最初車にラッセンみたいなクジラが描かれた痛車かと思ったら違うんですよね。見た目がクジラ。内部は謎のボタンがいっぱいある。しかも物語の途中でトランスフォームするの。

それが何を意味するのかが意外な展開で判るのだけど、そういう収め方をするのかとおどろきました。作中ではダリアにカタルシスが訪れるかどうかは言及されてないけどたぶん大丈夫な気がします。短編として終わり方が秀逸。想像の余地があるって大事よね。

 

「そして(Nマイナス1)人しかいなくなった」

タイトルから分かる人はわかるように、ミステリ仕立て。被害者も容疑者も探偵もサラ・ピンスカーという量子力学ものなんだけど、たらればが重層的になっていって数多くいるサラ・ピンスカーが自分ばかりが集まるイベに参加すると他人同士の集まりよりもより自分の来し方について懊悩してしまうというのが描写されていて、一人称の視点になる探偵のサラ・ピンスカーの悲しみや真犯人の境遇などどれも崇高な思考実験の果てに書かれたのではと思う内容だった。いろいろと自分のことのように感じてしまう。自分という人間は様々な選択肢や偶発的な事件のあとに絞られた者なんだなあ…馬のエピソードは思い返したらそこだけで泣くだろうな、私も同じようなことが起こったから。

 

以上で読了。

まとめ:どの作品も外れがなく、秀逸でした。こういう舞台があったらどうなるかというのを現実や実際問題から離れすぎない程度に想像力を働かせたら我が事のように感じるほど引き込まれるもんですね。荒唐無稽な設定もあるのにどこかしら身近な部分がある。文章で明確に伝えてこないけどそこにいる人達の複雑な感情が流れ込んでくるような。

一番好きなのは「死者との対話」かなあ。ゾクッとしたから。でも怪奇小説にもっと寄ってもいいのにそうはしなかったのも好き。

この作者とはいい出会いになりました。他の作品も読んでみよう…SFで有名な大手出版社じゃなくて、ちょいちょい面白い作品を出版されている竹書房さんからの出版というのも興味深い。本当に感謝です。