夜は終わらない

複雑に入り組んだ現代社会とは没交渉

22003 米澤穂信「黒牢城」軽いネタバレ感想

角川は実力のある人気の作家に歴史もの、時代ものを書かせるのが上手ですよねえ。そういうアプローチができる編集者がいらっしゃるのかしら。

米澤穂信先生の本は時々読んでいて、「氷菓」と小市民シリーズは少し。一番好きなのは「折れた竜骨」で、サイン本を持っています。あれが面白かったので、こちらも知ってすぐに手に入れた次第。米澤穂信先生が設定が普通と違う、現代ではないものを書くと絶対おもしろいという確信がありました。

本能寺の変より四年前、天正六年の冬。織田信長に叛旗を翻して有岡城に立て籠った荒木村重は、城内で起きる難事件に翻弄される。動揺する人心を落ち着かせるため、村重は、土牢の囚人にして織田方の軍師・黒田官兵衛に謎を解くよう求めた。事件の裏には何が潜むのか。戦と推理の果てに村重は、官兵衛は何を企む。デビュー20周年の到達点。『満願』『王とサーカス』の著者が挑む戦国×ミステリの新王道。

序章 因

黒田官兵衛がどういう流れで荒木村重の城に囚われたのか、というのがわかりやすく描かれており、ここに謎解きの要素はなし。大河ドラマの「軍師官兵衛」を見たことがなく、薄っすらと知っているのは黒田官兵衛も博多に縁があるとか(私が博多生まれなのでそこが引っかかってた)知略に長けた人とか、知らんけどしばらく牢に入っていたということくらいでした。その牢に入っていた時代のお話なんですね。そこで牢の中の彼を安楽椅子探偵にするという着想がすげーわとワクワクして本編にスルッと入りました。あんまり史実を追わないでとっとと読みます。

見てないけどもちろんイメージは岡田准一さん。村重は田中哲司さんでいきます。あーたのしい。

 

第一章「雪夜灯籠」

雪と目撃者に囲まれたある種の密室殺人事件が起こる中、史実である「なぜ荒木村重は自分の人質を処分したがらないのか」に焦点を当てつつ黒田官兵衛が謎を解く下りもごく自然な流れでうまいなあとうなります。豊かな描写で密室具合が紹介されつつもこれは図解がほしいなと自分でそれらしく頭の中でメモを取りながら、解明されたトリックでなるほど、と思ったのでした。田舎に住んでいるから現存する古い灯籠をよく目にするのでああいう感じと想像しやすかったり。

籠城も辞さない緊迫した状態で起こる不可解な殺人事件、それを解明しなければいけないという状況を作るのもうまい。ずっとワクワクしながら読みました。いやー、うまいわ。

 

第二章「花影手柄」

闇討ちで大将首を挙げたのは誰だ問題が籠城中の疲弊した家臣の士気や領民の宗教問題も絡み(もともと織田信長へ謀反を働いたのも宗教がらみだし、戦国時代の宗教の影響力はかなり根強い)、城の運営や宗教問題は大変だしノッブは残忍だしで、嫌になったとはいえ謀反を行い籠城中にトップでいる荒木村重本当に激務でしんどそーと思いながら安楽椅子探偵官兵衛も決して安楽ではなく、どっちかというと嫌な目にあったあとのレクター博士じみてきている。

士気を調整するために出張った夜襲で大事な家臣を失うのは痛々しいが、あの頃って本当に人の命が軽いから。でもその割にしぶとく生き残っちゃう人もそこそこいるわけで。官兵衛もそうだし村重もそうらしい。

事件の謎解きはもしかしてそうかも、と思った成り行きだったけどほんのちょっとしか出ない官兵衛が本当に「羊たちの沈黙」では実質18分しか出ていないレクター博士で村重がクラリスだよね!と思いながら、根深い宗教問題のうち、裏で糸を引きがちのキリシタン宣教師たちって本当、都合が悪い存在になり得るからノッブは許容しても他の権力者は嫌ったんだなーと、物語には絡まないところの部分を憂いました。

 

第三章「遠雷念仏」

だんだん状況が悪化して先行き不透明な状態のまま籠城が続き、部下たちは妙にバイアスがかかって現状維持を求めたり討って出たく思ったりする中、荒木村重はこっそり和議を結ぼうとするが、大きな事件が発生してしまう、その謎解き。

ここでも官兵衛はレクターみがある対応をするのだけど、こういう立場でこういう関係性ほかでも見たなあ…と思いながらちょっと思い出せない。

この謎解きの下手人を問いただすシーンで家臣との関係の変化を読み取らせるあたりが上手。読んでいる私もなんでこんなに食い下がるんだと戸惑ったものでした。

なにもかもが陰鬱で台詞回しがガチなので読んだブログはお気軽に書きたい。そんな気持ちになっています。

黒田官兵衛が事件の本質より大きく指摘したことが史実にあったことの問題点だったのかもしれないね。賢すぎて強すぎる主人と議論を交わせるのが賢すぎる囚人の自分だけ、そんなにデキが悪いわけではないけど愚直か凡人の集まりの家臣の中でどれだけホワイト企業を目指しても部下がとんがったことができずお互い抑えあってるとなんの発展もできず自滅するし、賢すぎても孤立するだけというのをじわじわと伝えてくるので「あーこういうのもどこかで見たことがあるわあ」と思うのでした。

 

第四章「落日孤影」

謎解きは三章のオチに疑問が湧いてからの、謀反人探しへ。

もはや人材がぬるくて微妙な斜陽企業のような趣の有岡城のなかで、武士のプライドだけはしっかりあるものの難題を先延ばしにしたい部下の士気や求心を取り付ける足がかりになるとうっすら感じながら村重が謎解きにかかり、これまで起こって謎のままになっていた伏線がとんでもねーサイコパスを浮き彫りにするという面白い展開。でもなんとなーく、ただそこにいるだけでない存在感があったけれども。

 

終章「果」

村重は自分のうっすらとした謀の甲斐なく、謎を究明してもそれは公にできないし本来の目的を達成できないものであったこともあって、部下の心が離れていき孤立していくのをじわりと感じながら官兵衛と再度対峙し、物語は史実の通りの方向へ。そうするしかなかったという見事な流れなんだけどこの主人公、家族より臣下より茶壺が大事なのよね。

そのへんの徳のなさ(忠実に思われた十右衛門ですら自分の家来が心配って途中で殿を見限って戻っちゃうし、家老も自分だけ逃げちゃう)、それまでの人質を殺さない傾向にしても特に人の命を大事にしているわけではなく自分のプライドのためという性根と、肝心なところで他力本願なところ、特に信頼ができるとも思えない謀略に長けてると自分でもわかってる毛利に頼っちゃった詰めの甘さが官兵衛の思惑にハマり、時間を無為に使ってしまった結果になったのでは。賢いけれど、誰のこともそんなに信じてないし、そんなに血が通った人ではなかった。

 

茶壺より安い命の価値観の中で村重の晩年を思うと、生きているだけ丸儲けというお笑いモンスターの名言が頭をちらつきました。沢山の人が無茶苦茶にぶっ殺される中で、生き残った官兵衛と竹中半兵衛によって守られた松寿丸の命も現代の道徳においては一人の人間としての価値は同じで平等なはずなのになあ、と当時の不条理さにやはりちょっと腹が立ちましたね。そらーサイコパスになる人も出てくるわ。

 

終始陰鬱だったけれど時代と状況が陰鬱にならざるを得なかったので仕方がない。生々しく容赦のない描写が多く、台詞回しも普通の時代劇よりさらに時代がかっていてしっかりしていました。人によっては読みにくいかもね!私は「あー漢検の勉強で覚えたわあ」と言いながら読めましたがね!逆にスラスラ読めて意味が分かる人は漢検準1級が受けられるかも。

 

面白かったですね。反則的なオチだった「折れた竜骨」もよかったけど10年後に書かれたこちらもなかなか。従来ミステリに見られる題材を史実に落とし込むのがうまくて楽しめました。

荒木村重が私の友達の住んでいるところに縁がある人だと今回知ることができたので、また気が向いたら出かけて彼の気配を探してみたいと思います。(超出不精だからいつになるかわかんないですが、用事がないことはないのでたぶん近々に)