夜は終わらない

複雑に入り組んだ現代社会とは没交渉

21008 マーサ・ウェルズ「マーダーボット・ダイアリー」 上

 語り口がうつる。

かつて大量殺人を犯したとされたが、その記憶を消されている人型警備ユニットの“弊機”は、自らの行動を縛る統制モジュールをハッキングして自由になった。しかし、連続ドラマの視聴をひそかな趣味としつつ、人間を守るようプログラムされたとおり所有者である保険会社の業務を続けている。ある惑星資源調査隊の警備任務に派遣された弊機は、ミッションに襲いかかる様々な危険に対し、プログラムと契約に従って顧客を守ろうとするが……。ノヴェラ部門でヒューゴー賞ネビュラ賞ローカス賞3冠&2年連続ヒューゴー賞ローカス賞受賞作!

2021/04/12 連作もので、1話目の「システムの危殆」を読了。

 殺人(もできる)ロボット、「警備ユニット」の一人称で語られる物語で、一人称が「弊機」なのがリアルであるうえに奥ゆかしい感じがする。原書では「I」とのことなので、これは翻訳者によるファインプレイなんでしょうね。

研究者による惑星探索のために保険会社から派遣された警備ユニットで、暇なときはこっそり連続ドラマを見るのが趣味って人間だったら私やんって思ったら性格も内向的で人と関わるのが苦手で顔も見せたくないとか本当に私やんと面白く思いながら読みました。

独特の固有名詞が具体的に何なのかは類推するしかなく、一応調べて見当づける感じなのはSFに慣れない人には不案内だろうなあ。

 

イメージの助けになるかも、と思ったのは「彼方のアストラ」。

第1話 前半 PLANET CAMP

第1話 前半 PLANET CAMP

  • メディア: Prime Video
 

 未開の地でえらい目に遭うけど知見を駆使して生き抜く若者たちのお話です。これに自我がめっちゃつよいロボが闖入した感じ??

 

イメージがしづらくとも主人公の「弊機」くんがなかなか魅力的で、内省も懊悩もロボらしさとらしくなさのブレブレが面白い。ブレブレなときは連続ドラマを見てメンタルリセットを試みたり、周りの人間の印象を連続ドラマになぞらえがちなのがコミュ障のオタクみたい。

ミステリ仕立てかなと思ったらそうでもなかったけど、狩野英孝さんのバイオハザード攻略動画を見ながら読んだときもあったので、あのスリルもダブるところがありました。

 

「弊機」くんの一人称ですます口調の文体で、私はですます口調の文章が苦手だけどこれはおとぎ話ではなくて記録用の説明口調と思えば平気でした。おとぎ話系の口調が苦手ってだけだった。

 

続きを読み次第また感想を書きましょう。SF弱者には難しいとかイメージしづらいとかあれこれ言いましたが、弊機くんが魅力的なので気になります。

 

2021/04/25 2話目「人工的なあり方」読了。

弊機くんが場面描写を逐一語るのでたどたどしく展開が遅く感じるのでちょいちょい眠くなるけれど、彼がたまたま移動のために乗り込んだ調査船のボット、「ART」がちょっかいを出してきたおかげでお話がむちゃくちゃ面白くなります。

このARTが有能なこと。ARTは物理的なボディがないというか多分船自体がボディで超高性能なボットでわりと何でもできる強い味方になってくれます。ARTというのは弊機くんがつけた名前でAsshole Research Transportの略なんですがそう名付けられたことを厭わない感じが素敵です。ケツの穴なのに。

 

行きがかり上、警備のために雇われた技術者グループはエンタテイメントによくある、駄目な方駄目な方を選んでしまう人たちで弊機くんを心配させ、色々懊悩しつつ、自分の過去の事件に直面しながらも危険の中へ飛び込んでいくのをこっそり助けるARTが非常に魅力的。

ボット同士の友情の芽生えも素敵だけど、弊機くんの「家出」の理由が拾ってくれた博士へある意味仁義を通すためみたいなところもあるのも素敵です。

巻き込まれる事件は1話目もそうだったけど悪いのが女性なんですよね。1話目も自己中だったけどこちらもすごく自己中。そこにどういう意味があるかわかんないけれど悪役はたいてい男性ってのも変だし私がそういう印象を持っちゃうのもどうかと思う。悪いのも権力者も男が多いというのは古いですね。

 

弊機くん、人間臭いところが多分にあるのだけど、ある場面で「こいつ碇シンジくんか!」とツッコミ入れたかったですね。

ARTはどうも夏以降発売のこの物語の続編に出るっぽいので、今後も楽しみになりました。ドラマ好きボットがまた一機…