夜は終わらない

複雑に入り組んだ現代社会とは没交渉

24005 吉村昭「羆嵐」感想

ずっと「ひぐまあらし」だと思っていたんだけど「くまあらし」なのね。

「クマだ」、男の口から、低い声がもれた……。
村を阿鼻叫喚のどん底に陥れた凶暴な肉食獣!
実際の事件を基に、その恐怖を再現する。


北海道天塩山麓の開拓村を突然恐怖の渦に巻込んだ一頭の羆の出現! 
日本獣害史上最大の惨事は大正4年12月に起った。冬眠の時期を逸した羆が、わずか2日間に6人の男女を殺害したのである。鮮血に染まる雪、羆を潜める闇、人骨を齧る不気味な音……。自然の猛威の前で、なす術のない人間たちと、ただ一人沈着に羆と対決する老練な猟師の姿を浮彫りにする、ドキュメンタリー長編。

実は「ユリ熊嵐」きっかけで買っていたのだけど、最近のOSO18射殺からの自称動物愛護者による苦情問題などを遠目で見ていて「羆嵐」を読んだら可哀想言ってられないんだろうなあと思いながら私も読んでねーわと思っていました。

ユリ熊嵐も2話くらいまでしか見てないけどな…

ドキュメンタリーと説明文には書いてあったけど、取材を踏まえた創作小説のほうが正しいんじゃないかしら。ドキュメンタリーだと思って読んでいたら心情とかの描写がけっこう強くて「見てきたようなことを書いてるな」と体裁を不思議に思ったらあくまで小説じゃん!!って。

 

三毛別羆事件は前にヒグマに人が殺される事件が発生した際に話題になってウィキペディアでちょっと調べたことがあって、あまりの凄惨さにどういう被害があったのかの細かなところは頭から吹っ飛んでいたのですが、事実に基づく小説だと思えばそりゃあホラー小説みがあるんだろうなと覚悟したら本当にホラーでした。

冒頭の虫害の描写から私にはホラーだし。

どこかで必ず被害者が出てくると思うとまだまだ開拓途中の北海道の山の中で生活している描写が続くにつれ、いつだ、いつそれは訪れるのだ…と固唾をのんでしまう。で、実際起こるとその表現が怖いのなんの…

 

そこからの、実際に被災した人と応援に来た人の感情の向きやテンションの格差や、ヒグマに対する恐怖の心理描写、応援に来た集団に対する嫌気などが細かく綴られ、どんな災害にしてもこういう関係性になっちゃうというのが浮き彫りにされていて実にリアルでした。

ヒグマに荒らされた村落に立ち入った瞬間に応援者も被災者になるんですよね。

 

正常性バイアスから油断しまくる人たちの油断を知らしめるがごとく襲い来るヒグマに対して三毛別の区長が手を打ったのが悪名高いが腕利きの羆撃ち山岡銀四郎の招聘だったんだけど彼の描写が頼もしくてクールでかっこよくて一躍ヒーローでした。

 

ほぼ事実の通りみたいなんだけど小説として読ませるのがうまくてスリル満点。

いや、本当に害獣として駆除されるヒグマを可哀想とか言って行政とかOSO18を射殺した猟師さんを非難してる人はこの作品とか読んだほうがいいよ。

私もクマは好きだし動物は大事にしたい。クマが人の住処を襲うのは人とクマの生きる場所の境界線が曖昧になったからというこの作品の問題提起が今も片付かないままというのもわかるけど、でも実際人が脅かされているのにそれに対して放っておくことは出来ないでしょ。

 

どんなところなのかピンとこないからグーグルマップで調べたらすごい山の中だし、いまは「ベアーロード」と呼ばれる道が通っているらしいんですが、ようそんな名前をつけたね。怖いよと知らしめてるからそれでいいのか。どこにデカすぎるヒグマが出るかわからんから注意喚起にはなるか。

 

そこを開拓しようとした先人たちの不安ややるせなさはいかばかりかと思いを馳せながら、「第7師団」「ラッコ帽」「村田銃」「アイヌ犬」に変な笑いを浮かべる金カム好きなのでした。

 

久々に日本人が書いた作品を読みましたが、この作品は評判通り。間違いなしです。

 

https://x.com/goldilockszone9/status/1745483372158411184?s=46