夜は終わらない

複雑に入り組んだ現代社会とは没交渉

20006 ウィリアム・トレヴァー 「恋と夏」

 出版当時から読みたかったのですが、ようやく読めました。

20世紀半ば過ぎのアイルランドの田舎町ラスモイ、孤児の娘エリーは、事故で妻子を失った男の農場で働き始め、恋愛をひとつも知らないまま彼の妻となる。そして、ある夏、一人の青年フロリアンと出会い、恋に落ちる――究極的にシンプルなラブ・ストーリーが名匠の手にかかれば魔法のように極上の物語へと変貌する。登場人物たちの現在と過去が錯綜し、やがて人々と町の歴史の秘められた〈光と影〉が浮かび上がり……トレヴァー81歳の作、現時点での最新長篇。

 描きようによってはどこまでも陳腐になり得るものを上品に描けるものだなあとただただ感服。

ちょっとした火遊びみたいなもの、書いた人の年齢的にもご年配の方の感傷とも捉えられかねないのに全然そんなことはなく、引用文にあるようにアイルランドの田舎の街とそのそばの農場、少し離れたところにある落ちぶれたお屋敷で起こるささやかな恋愛と人間模様について丁寧に描かれておりました。

これが全然、退屈なことがないんですよね。旦那さんはこころに傷を抱えているものの非の打ち所がない男性でね、私は恋の相手よりこの旦那さんに好感を持ちました。だってなにをするにも感謝の言葉を惜しまない、妻の働きをねぎらい、様子がおかしかったらいまの生活が退屈なのではと心配する…いま求められている夫像じゃない?うちのお婿はその辺大丈夫だけれども。

 

私はこの作品を読んでいる間、自分の性格の悪さをひしひしと感じてしまったのでした。だって私こんなに美しい物語になるとは思わなかったもの。たしかに近所の目はある、噂は広がる。それを常に危惧している住人たち。でも街を徘徊する認知症の高齢者に優しく、定年直前の営業マンにも優しく、こころに傷を抱えている農場主にも優しいという小さな村の優しい世界に私はここにはいられないなあ、と、感じておりました。

主人公に起こった事件を感じ取り、過剰な反応を示した人ですら優しかった。その人にはいろいろ事情があってのその優しさだったのだけど。お友達にはなりたくない人ではあったけど。

 

それを丁寧に高齢の作家が描く。たまんない。

老境に差し掛かっても遜色なく小説は書けるものだということを、他にも証明してくれる作家はたくさんいらっしゃるけどこんなにどこにもいらない力が入っていない作品を書けるものなんですねえ。

 

読んでいる時間がとても贅沢で、得難いものでした。やっぱりたまにはこういう本を読まなくてはね。SFだー怪奇だー剣と魔法だー殺人だー謎だーも楽しいけれど、半世紀以上昔のアイルランドの田舎の生活の空気を色濃く感じられる世界もいいですよ。

 

作者は元々短編の名手とのことなので、他の作品も気になるところ。しみじみ、滋味を感じられますよ。

 

密会 (新潮クレスト・ブックス)

密会 (新潮クレスト・ブックス)

 

 こちらが有名。