夜は終わらない

複雑に入り組んだ現代社会とは没交渉

21001 キム・チョヨプ「わたしたちが光の速さで進めないなら」

初めて韓国の小説を読みます。しかもSF短編集。

わたしたちが光の速さで進めないなら
 

廃止予定の宇宙停留所には家族の住む星へ帰るため長年出航を待ち続ける老婆がいた……冷凍睡眠による別れを描き韓国科学文学賞佳作を受賞した表題作、同賞中短編大賞受賞の「館内紛失」など、疎外されるマイノリティに寄り添った女性視点の心温まるSF7篇!

「巡礼者たちはなぜ帰らない」

手紙文から始まる物語で、書き手の住んでいる世界がどんな状態なのかが徐々に明らかになっていくにつれてこりゃあすげえやと思うので、なーんの情報もなく手にとって読んでほしい。

短めの話の中に濃密なエピソードを想像の余地をたくさん残して書かれている。

これあとでネタバレもしよう。めちゃくちゃ好きです。泣いちゃった。

 

スペクトラム

宇宙での遭難とファーストコンタクトと交歓などを伝聞調に語られたお話。

翻訳者の言葉選びも美しくて感激してしまう。未知の生命体の描写が非常に好みでした。私は理解の及ばない未知の生命体が大好きなのであった…

交歓のなかに潜むものが素敵でね、「ガニメデの優しい巨人」とは全然お話は違うけど思い出してしまいました。また読もうかなあ。あの小説大好きなんだ。

しかし短い中に落とし込むのがうまいなあ…ケン・リュウばり。

こちらは映画化が決まっているそうです。アバターみたいになるのか、どう膨らませるのか気になるなあ

 

「共生仮説」

実際は行ったことがないはずのありえない場所の光景を描き、多くの人の心を揺さぶった絵画と画家の謎と人類の秘密に纏わるSFミステリ。ちょいハードSFもあるのか、私はハードSFをそうでないものとあまり区別がつかんけど。

幼年期の終り2001年宇宙の旅などを思い出させる。直接的な引用とかはないんだけど、あの作品で伝えたかった明示されないものにつながるような秘密が潜んでいるような。このへんの解釈は私の思い込みというか発想だけかもしれないけども。そんなモチーフと一人の画家の思いをリンクさせて叙情的に仕上げるので物語として心に残るの。うまい。

あと「スペクトラム」もそうだったんだけど、谷川俊太郎風味でもある。我々が宇宙生命体を求めてしまうのは寂しいからなのよね。そこに哲学的見地があるのも踏まえて展開されているので本当に読みどころがいっぱいある。短いのに。

 

「わたしたちが光の速さで進めないなら」

表題作。一人の女性に起こった悲劇をハードSFと物理学などを交えながらもその辺興味なくてもわかりやすく表現された切ないお話でした。

専門家だったらもうひとつまみツッコミが入りそうだけどな…たぶん理論上では?離れ離れになった相手はまだそこへ着いてないのでは。私は物理には詳しくないからよくわからんけど。

でも私が子どもの頃SFにハマった一つに、光速での宇宙旅行やワープ航法などの仕組みを活かした少女漫画があって(昔はこってこてのSFがふつーに少女マンガ誌に掲載されていたのです。竹宮恵子先生や萩尾望都先生、もうちょっとあとで清水玲子先生が有名ですがそれ以外でもとても上手なSFがありました)、その頃からその時間の歪みなどで生じる切なさについては気にかかっていたので懐かしさを感じました。「夏への扉」もその歪みが描かれているんだっけ。この作品にはまーったく絡んでないけれども。絡んで奇跡が起こってほしかった。

 

「感性の物性」

これまでの作品と違って日常系、「世にも奇妙な物語」っぽさもある。感情、感覚、想念の名前のついたアイテム(石ころのようなものからパッチのようなものまで)を持っているとその感情に突き動かされるという商品が発売されて社会現象を起こすが、主人公と危うい関係にある恋人が憂鬱になるアイテムを所有して、という流れだけれど、主人公が編集者だからかなぜそれを必要とするのかという思索が展開される。これまでの作品の、問題が発生するなり気づくなりの展開に様々な思いがあるというものだけじゃなくて人の形にならない想念が形になったものに対する向き合い方についても物語に出来るという作者の振り幅に感服。

ユウウツ体というアイテムを何故恋人が所有するのか、の答え、彼女の思いは自己憐憫と思えるのだけど、そういう気持ちでも大事にしたいものを否定はできないよなーと、主人公のやりきれない思いに寄り添いたくなりました。

 

「館内紛失」

「図書館」というものがいま我々の常識にあるものと違って、死者がデータ化されて再会できるいわばお墓のような場所になっている未来のお話。分かる人にしかわからないけれど、FF10の異界の人と会える場所みたいな感じ?ジーン・ウルフの「書架の探偵」よりは現実的というか。そこで妊婦になった主人公が初めて亡くなった母に会いに行ったら母が「紛失」検索閲覧不可能な状態になっていたという入り口から、複雑な母娘、父親や弟との苦々しい関係が浮き彫りになります。

私には鬱とは無縁だけどとんでもなく破天荒な母親(このブログによく出てきますが、幼少の娘にスプラッタームービーとか嬉々として見せるクレイジーな美女です)がいてずっと振り回され続けていたのでこのお話を語るにはそりゃあもう語り尽くせないほどの思いが溢れますが、死ぬ死ぬ言いながら全然死にそうにないうちの母が死んでしまったらどう向き合うのか(あいつ化けてそばに居座りそう)。そのへんがちらりと掠めながらも、この物語は妊娠による仕事の継続という、女性が仕事をする限りわりと直面しがちな問題にも触れていてそこにも考えさせられたり。

非常に重たい話でした。韓国の納骨堂は好きです。夏の暑いときの墓の掃除がいらない(笑)

韓国は子どもが生まれると人の呼び名が「○○のお父さん」「○○のお母さん」になりがちの習慣が人によっては重いだろうなあと改めて思いました。親友とかだったら嫌がりそう。私は母と私が名前がほとんど一緒で、周りが呼ぶのがどっちなのかわからないので困るということが日常的にあったのだけど(隣人が私に「れーちゃん、れーちゃんはいる?」と訊いてくる場面とか。娘に母がいるかどうか聞く場面で。わからないっしょー)、それで母が私を自分と同一視したり、理想を求めたりするのもあるようなないような複雑な部分がありました。期待に応えるつもりはなくても応えられるスペックがあったからそんなに自分では負担にはならなかったんですけどね。幸せな子どもですよ。

人によってかなり感情を揺さぶられるお話だと思います。それをSF面も充実させて物語にするからすげえなあ…と、物語のシステム面に惚れ惚れしました。そのうちこういう技術が開発されそう。そうしたら母に会いたいか?おじいちゃんには会いたいなあ。

 

「わたしのスペースヒーローについて」

このままの体で遠くの宇宙に行けないなら改造すればいいじゃないって発想をもとに、人体をサイボーグ化して宇宙の果てへ送る技術が花開き、その元祖として犠牲になった人に憧れて宇宙飛行士になったが、元祖となった人には大声で言えない秘密と事実があった…

という出だしから、その憧れの人について向き合い、自分の道を見つけ出すのだけど爽やかな語り口。ミステリであり、謎を解くにしてもすべてが憶測なのだけどこうであったらいいよね、って感覚だからかな。

テラフォーミングは星を地球に人間に似せて環境を改造するのですが、こちらで語られているのは逆のプロセス。もしかしたら、可能であれば、火星に住むために人体の方を改造する方向も考えられているかもなー、あんまり具体的な話があるって聞かないけど。地球も温暖化していくなら暑さに耐えられる改造が施されたりしてな。

キャプテン・アメリカが貧弱な体からすんごいマッチョになるような感じで、憧れのスペースヒーローはそのへんの優秀なオバサンがサイボーグ化するその切り口が面白かったけれど、のちのちつきまとうスキャンダル、誹謗中傷、まったく無縁の第三者からの指弾がね、いまのネットでの中傷と重なる部分がかなり多くて、そのことについても揶揄したかったのかな。

不倫報道でも渡辺謙は雑でなかったことみたいになって、渡部建は謝罪会見をしてもめちゃめちゃ責められ、復帰できる様子がない。家族や周りのスタッフ以外にはなーんの得も損もないことなのに、叩ける相手は叩きたい。でもなぜか渡辺謙は叩けない。私はどっちもどうでもいいし、役者としては渡辺謙さんは好きだし、芸人としての渡部建にはなんの魅力も感じません。そんな現象がこの作品でも語られていました。救い?は時間が経っていて、受け取る当事者がそんなに傷ついていない、適当に受け流していることかな。相手にしたら負けやと思う。本当にくだらないことだもの。

 

物語の終わり方も爽やかというか、派手な感動はないけれどすとんと落ちるようないい終わり方で私は好きです。短編集の締めくくりとしても上質な物語でした。

 

総括

すごい。

私がこのお話を新年初めに読むことに決めたのは、一つ前のブログにも触れてますが、1年前に最初に読んだのがペストもので、そのあとの世界中の大騒ぎを意味なく暗示しているような感じがして不気味に思ったから、なんだかハッピーになれるものをと探しても見つからず、というところで、今後1年をなにかしらいいものにしたくて、最近興味津津でハマっている韓国という国の、翻訳出版されるのが珍しいSF小説にしたのです。すごく好きな国と文化になると思うから、コンゴトモヨロシク…という気持ちを込めて。書いたのが若い女性であるというのを帯や作者紹介で押し出していますが、私自身もSFいうても叙情的というか情感に訴えるファンタジー色のほうが強めなのかなあとか、失礼な、根底に潜む偏見じみたものを誘発されてそんな自分をいまは恥じる。

だから書いたのが若い女性であるということをなるべく無視して読んだのですが、もう、すごいSFでした。もうさ、作者に関する余計な情報いらんわ早川書房編集部さんよー。もともと作者近影とかが邪魔だと思いがちだからな。あってよかったかもと思ったのはイアン・マキューアンだけやで(枯れた美男)

 

情感に訴えかける物語性ではあったけれど、ちゃんとSFの世界のシステムから生じるもので、そこにSF要素いらんかったやろ、ってツッコミがはいる部分がなかった。そして日々じわりと肌で感じたり苦しく思うことをあからさまでなくどこかしらに潜ませて思い至らせる巧みさがある。

お年始からすごいものを読んでしまったと感激しております。ここまでとは。

韓国の文化や人の生活様式をちょっと知っている方がより面白いかも。血がつながってなくても「姉さん(オンニ、ヌナ、だっけ)」とか「兄貴(ヒョン)」とか「おばさん(アジェンマ)」「おじさん(アジョシ)」と親しむつながりとか。韓国のドラマを集中的に見ておいてよかった。

 

一番好きなのは「巡礼者たちはなぜ帰らない」ですが、私自身がちょっと救われた気持ちになったのよね。だからあくまで個人的な気持ち。個人的じゃなくてSF好きの観点からいくと「共生仮説」と「わたしのスペースヒーローについて」が面白かったかな。

素晴らしかったので、この作家さんにはもっと創作にとりくんでほしいです。誰か英訳しないかな。大きな賞を狙ってほしい。

よかったです。早くも今年ベストかもよ。

以下、「巡礼者たちはなぜ帰らない」のみネタバレの感想を載せておきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「巡礼者たちはなぜ帰らない」ネタバレ感想

ユートピアで育った女性が自分の母の故郷である場所を訪ねて自分の住んでいる美しい村がなぜ出来たかを知るのだけど、遺伝的に容姿に問題を抱えた優秀な女性がデザインベビーを作る技術を開発し、それが世界に普及したから余計に遺伝子改造されていない人間が差別される世界ができあがってしまったことを憂いて遠く離れた場所になんの改造もしない人口的な子どもを作り出す村を作り、そこは見た目による差別も偏見もないが恋愛感情も生まれないということに、作者の思考の結論を見たような気がしました。

ユートピアなのかディストピアなのか議論の余地があるし、母親の故郷に再び戻った女性がなぜそこから村へ帰らなかったのかも解釈の余地がたくさんありそう。

私は、自分の容姿に人から蔑まれる要素があっても意に介さず守ってくれた人を大事に思ったんじゃないかと思いました。人とちょっと違う容姿を違う、おかしいと認識しない人もいいとは思うけど、そういう考えや価値観があるというのを知ってもなお好意を持って庇ってくれる人ならどっちが大事か。これも議論の余地があるね。

こういう問題提議が短いお話で出来るってすごいことだ。いろいろ考えたら涙が溢れて止まらなくなってしまった。なんでだろう。傷ついたとか悲しいんじゃなくて、自分が誇りに思い、かつ守りたい部分の琴線に触れたような感じを受けたのでした。