夜は終わらない

複雑に入り組んだ現代社会とは没交渉

ティム・パワーズ 「アヌビスの門」 上下

アヌビスの門〈上〉 (ハヤカワ文庫FT)

アヌビスの門〈上〉 (ハヤカワ文庫FT)

アヌビスの門〈下〉 (ハヤカワ文庫FT)

アヌビスの門〈下〉 (ハヤカワ文庫FT)

数ヶ月前にツイッターでフォローさせていただいている書評家さんが、どういう括りかは忘れたけれど面白いと挙げていて、おまけにスチームパンクである、と知って即行で購入した。スチームパンクという言葉にはめっぽう弱い。
私にとってのスチームパンクは黒光りに輝く鋼鉄の蒸気機関のガジェットが出てくるイメージが強いので何が出てくるのかな〜と期待しながら手にとったのだけど、出てくるのは1980年代に私が知っているような知らないようなバイロンとかコールリッジなど英国の詩と詩人を研究する小太りのおじさん。そのおじさんが頭がちょっといっちゃってる富豪の計略に乗って研究対象の詩人のいる1800年代初頭のイギリスへタイムトラベルをするという出だし。そのタイムトラベルにはエジプトの魔術が絡んでいて、それが主人公の運命を思わぬ方向へ転がしていく…のだけど、私の期待するところの蒸気機関は出てこない。ジプシーの頭領であるエジプトの魔術師は金属で出来たバネ付きの靴を履いているけど、履いている理由も機能としても違う。時代もヴィクトリア朝時代よりやや前だし。そもそもスチームパンクの定義ってなに?
それはどうあれ、主人公の運命がおかしくなり始めてからお話はいきなり面白くなってくる。張り巡らされた伏線が回収されて行っても、主人公が未来から来たことによって獲得している知識からある程度先が読めていても、思っても見ないことが待ちかまえていて主人公たちが災難に遭う。息つく暇もなく、下手したら「え?どうなってんの?」と展開の早さが飲み込めないことも。
所々で現代をネタにしたやり取りがあるのが面白く、主人公がおじさんだと散々挙げるけど心意気はハリウッド映画の主役に近いのでめげないしチャンスをつかむパワーは立派。運命のいたずらも多分にあるけど先を知っているはずなのにその先がわからなくて最後の最後の最後まで面白かった。ジェットコースターのような展開ってこういうのを云うんだろうな。
主人公を取り巻くロンドンの住民たちも一筋縄では行かない人たちばかり。その中で「罰当たりのリチャード」と呼ばれるジプシーのおじいちゃんがちょっと魅力的だった。嫌な人たちが権力を握っているので一枚岩ではないし、良心的な人もいて個性が様々。名前のあるキャラクターのうち、あまり出番のない人も注目して損はない。猥雑さと空気の匂いまで再現している様子も好ましい。
現在絶版状態で古本をあたるしかないのが惜しい。まだそんなに価格が高騰していないので面白い小説が読みたかったら手にとってみたらいいと思う。

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