夜は終わらない

複雑に入り組んだ現代社会とは没交渉

23004 アーシュラ・ル・グィン 著 小尾芙佐・他 訳 「風の十二方位」 感想

紙でも持っているんだけどお風呂で読むほうが早く取り掛かりそうな気がしたので先日のセールで買いました。一時期紙の本が古書価格で1万円超えていたのよね…

こちらは新版の装画だっけ。紙で持っているのは旧版です。

Kindle版は2022/08/18現在もかなりお求めやすい価格になっています。つーかいま気づいたけどまた早川書房さんKindleセールやってる??マジ?????

 

ル・グィンは「ゲド戦記」は1巻は読みました。ほかはつまみ食い程度で「オメラスから歩み去る人々」は既読。

ヒューゴー賞ネビュラ賞受賞〕銀河のかなたのフォーマルハウト第二惑星で、セムリは〈海の眼〉と呼ばれる首飾りを夫ダーハルに贈ろうとするが……第一長篇『ロカノンの世界』序章となった「セムリの首飾り」をはじめ〈ゲド戦記〉と同じく魔法の支配するアースシーを舞台とした「解放の呪文」と「名前の掟」、『闇の左手』の姉妹中篇「冬の王」、ヒューゴー賞受賞作「オメラスから歩み去る人々」、ネビュラ賞受賞作「革命前夜」など17篇を収録する傑作集。

セムリの首飾り」

 ふたつの視点で語られるうち、ファンタジー的視点はですます調でおとぎ話のように、それを「星の民」の視点で見ればSFという根本から違う異種間交流でオチは浦島太郎。浦島太郎も実は相対性理論が関係しているのではとか勝手に解釈が広がっていきました。

 小尾芙佐先生の翻訳はいままでもいろいろ読んでいるはずだけど読みやすい上にちゃんとしてるイメージ。

短編集の入り口としては一粒で二度美味しいってやつかしら。でも物語のきっかけはセムリのつまらんプライドが原因なのが切ないですね。

 ロカノンは人種差別には敏感だけどルッキズムにはそうではないのでル・グィンには更に長生きしてほしかったと思ったのでした。「ロカノンの世界」も欲しくなるね。

 

 

「四月は巴里」

 ル・グィンが初めて原稿料をもらった小説だけに、一応初期の作品なんですが、初期らしくそんなに難しいことを考えていない、意外なほどキラキラとした内容でした。地味な研究者同士のブロマンスになるのかと思ったら意外な展開になっていって終わり方がすごく好き。タイムトラベルもので起こり得るヤバい展開が一つもなくてあっけらかんとした内容で。本当に好きだわ。

 

「マスターズ」

 いまある世界とすこしちがう世界で(でも居酒屋にビールがある)、厄介なテスト?試練?を経て修士になった主人公ガニルの目線で彼の運命を見ていくのですが、世界観がちょっとスチームパンクなのかどうなのか、太陽を見られるのが稀というのが活きているのかどうかが謎。そもそもそれがどういう意味なのかがちゃんと説明されてはいない。ただ読んでいて心がざわつくんですよね。太陽がなかなか見られないって怖いことだって私は知ってるからね。

 ローマ数字での研究や12進数など学問の様相も違うなかで禁忌に触れてその世界へ誘った友達に巻き込まれて審問にかけられるのだけど、どう否認しても本当にシロだとしてもえげつない拷問に遭うという不条理があり、多くを失った主人公はその社会を形成する場所から逃亡することになるんだけど、謎めいた過酷な世界観がこれ以上膨らまないで終わることがなかなかスッキリせずにただただ怖かったな…

 

「暗闇の箱」

 おとぎ話にしてもなかなかダークで、魔女がかっこいい。戦闘がとてもファンタジックで、日本産のファンタジーだとあまり出てこない(気がする)グリフォンが大活躍で西洋人が書いたファンタジーええな、と思ったり。残酷なシーンも包み隠さず出てくるのも西洋のファンタジー(みんなだいすきなゲーム・オブ・スローンズ)だなって思ったのでした。

 

「解放の呪文」

 こちらの物語とつぎの物語はアースシー関連だと前置きされていて、ゲド戦記を1巻だけでも読んでいたのでちょっと気になって読んだらこちらは監禁ホラーじみていて怖くて地獄。さまざまな思いつきからなんとか抜け出そうとするも、相手の方が一枚上手で、土牢に閉じ込められた主人公が繰り出す魔術のアレヤコレヤは想像力豊かな人が考えた魔術サバイバル盛りだくさんで読み応えがありました。オチが見事で面白かったな…

 

「名前の掟」

 アースシーって真名の縛りがあるから名前が絡む悶着があるのよね、と前置きに書かれた「イエボー」という名前の竜のことで思い出したらこの物語の核になるものこそイエボーで、前述の通り私はゲド戦記を読んでいたので「お、久しぶり!」と思ってしまったのでした。

 西洋では竜は邪なものって扱いだけど、こちらではイエボーが更生?していてびっくり。真名の縛りといい、ちょっと日本も馴染みを感じる。

 

「冬の王」

両性具有の種族がそうである理由と必要がいまいちわからんけど壮大なオチがあり、物語を追うのがちょっと大変だったけど面白く読まれました。というかちょっと前に読んだのでもう忘れた…両性具有の王となるとついついティルダ様を想像しながら読んじゃう。この世界観が説明されているとおりなら、「闇の左手」もそうなんやと、読んでない人にはわからないことを書いておく。

 

「グッド・トリップ」

翻訳するの面白かっただろうなあ、そして素面で書いたのだとするととんでもねえなあ、と思いながら読んでるとオチで驚く。確かに素面で書いたのかも。

 

「九つのいのち」

一心同体のようなクローン人間たちを束ねて未開の地を開拓していたら、思わぬ事故が起こり…という展開で、世界観を把握するまでがちょっと面倒くさいなあと思ったらはかどらなかったのだけど、事故以降がすごく面白くて一気読み(Kindle計算で1時間30分かかる内容)。物語を冷徹で怖いものにするのも、ハートウォーミングにするのも主人公の性格にかかっているのではと思ってしまった。すごく優しい主人公だった。

 

「もの」

終末ものなんだけど、どうしてそういう終末が訪れているのかが説明されず、ただただ嘆いている人とブチ切れて荒れている人とで二分された場所で密かな企みを行う主人公。ラストってハッピーエンドなのか主人公が見た幻想なのかどっちとも取れる感じなのよね。

 

「記憶への旅」

 変な展開なんだけど読んだら綺麗に忘れてしまった…読み返しても変な展開で理解が追いつかない。そんな話。私にはハードルが高いのかもしれん…

 

「帝国よりも大きくゆるやかに」

 よほど教養ある人じゃないとネタバレと気づかんけど書いた本人の周辺はネタバレではとハラハラしているという文芸オタク仕草を序文に感じた私である。

 惑星探索のチームがみんな狂人と表現されているけれどいまの表現だと全員発達障害なのでは、という特性がある天才たちで、その関係性を引っ掻き回す一人が自閉症を治したエンパスという特性を持っていて繊細過ぎて周りと敵対しなくてはならない辛さを言葉の端々に感じました。勝手にスネイプ先生をイメージしたり。短編としてはちょっと長いお話の中で惑星探索にありがちのスリラーが多種類あり、関係性の変化も丁寧で面白くてこのお話は好きです。オチも良かったな。

  

「地底の星」

「視野」

「相対性」

「オメラスから歩み去る人々」

「革命前夜」

 

2023/01/11 一通り読み終えたのですが、「地底の星」と「視野」はバーッと読んだので去年読んだコードウェイナー・スミスの短編でも似たようなものがあったなあとかそんなイメージを持ちました。特に「視野」は宇宙から戻った人の異変についてだったからかな。

「相対性」は暗喩かと思ったらそのものズバリだったので面白かったです。

「オメラスから歩み去る人々」は既読だしもう読まなくていいやとスルー。私は結論が出ているんですよ。私は、歩み去りません。

「革命前夜」はオメラスから歩み去った人の話だそうですが、私は自分がババアになったときのことを考えて憂えてしまいました。

 

長い時間をかけて読んで振り返ると「四月はパリ」と「帝国よりも大きくゆるやかに」は好きでした。

もっと他に読んでみないことにはこの作家のことは把握できないんだろうなと、短編集を読んだくらいではわからない気持ちになっています。独特の造語もオメラス他には出てくるし、共通の世界観のある物語が他の本にあったりするし。

巨星だったんだな、って印象を持ちました。お亡くなりになってから感じたから過去形です。