夜は終わらない

複雑に入り組んだ現代社会とは没交渉

21011 ジョン・グリシャム「グレート・ギャツビーを追え」

 これは邦題が大勝利。

プリンストン大学図書館の厳重な警備を破り、フィッツジェラルドの直筆原稿が強奪された。
消えた長編小説5作の保険金総額は2500万ドル。
その行方を追う捜査線上に浮かんだブルース・ケーブルはフロリダで独立系書店を営む名物店主。
「ベイ・ブックス」を情熱的に切り盛りするこの男には、希覯本収集家というもう一つの顔があった。
真相を探るべく送り込まれたのは新進小説家のマーサー・マン。
女性作家との〈交流〉にも積極的なブルースに近づき、秘密の核心に迫ろうとするが……。

あのグリシャムの新たな魅力を楽しむ
本好きのための快作!

〈独立系書店店主が事件の鍵を握る!?〉全米ベストセラー

読書会向けの作品だと思う。すごく議論できる。ジョン・グリシャムは何を書きたかったのか問いたい。

ただ脂の乗った中年の悠々自適で意欲的な仕事をするおじさんが若い娘さん相手によろしくやる話を書きたかったのか。

巧妙に盗み出されたフィッツジェラルドの直筆原稿の行方を書きたかったのか。

おじさん=作家が小説の書き方、あり方、稀覯本の魅力を語りたかったのか。

 

話を追うごとに物語の様子が変わっていってあちこちにスリルの要素が散りばめているのに収束がそこ?っていう、そういう意味では面白くて先の読めない作品でした。

翻訳が村上春樹グレート・ギャツビーというかフィッツジェラルドの作品が重要な存在で出てくるので巨大なプロジェクトの動きになるのかと思ったらそうでもなし。

 

これが映画だったら大掛かりな部分を緊迫感ありありの演出で予告編で見せそうなんだけど、蓋を開けてみると「カミーノ・アイランド」というフロリダにある島にある独立系書店をそこそこの遺産を手にした本好きの青年が買い取って並々ならぬ努力で成功を掴んでいった話から、スランプを抱えた実力ある女性作家が盗まれたフィッツジェラルドの生原稿の行方を探るために子どもの頃に夏を過ごしたカミーノ・アイランドで過ごすことになる話になって、多少の緊迫感はあるかもしれないけど、どちらかと言うと飲んだり食べたり本について語ったり、海辺で悩みを抱えたり事故で亡くなった祖母を思って過ごすのんびりした側面もあり、妙にチルアウト感もあって私はなにを読んでるんだっけ??って気になるような、語り口がうまいのでそれならそれでと委ねちゃうような。

 

あらゆる側面から居場所を探られる生原稿…というよりマーサーのロングバケーションと書店主ブルースの繁盛記のほうが原題の「Camino Island」からはしっくりする。が、これだったらたぶん村上春樹翻訳でもそこまで注目されないので、「グレート・ギャツビーを追え」というクライブ・カッスラーかよ!って訳者あとがき読む前から思っていた邦題にして、セールス面では正解だし読んだあとも「まあ…合ってるっちゃあ合ってる」ってモゴモゴ言えるかな。

 

生原稿の強奪、追跡も面白いけど初版本や稀覯本に関する蘊蓄も好きだったら面白いし読ませる。

でもブルースがマーサー相手に稀覯本自慢したいおじさんになったり稀覯本に癒やしを求める変なおじさんぶりを見せたりしつつもただただマーサーを美味しくいただきたいおじさんになっちゃってるのがやっぱり私の村上春樹への偏見から逃れられないセックス絡めるの大好きおじさんのイメージに近くて、とても相性がよかったんですね、と思いましたね。このへんのおじさんの趣味全開の展開はゼロ世代で滅びたと信じていたがなかなか滅びない。

文才があって大学で創作の授業を持っているスランプを抱えた作家がそんな美しいプロポーションの美人である必要があるのかどうかわからんが(そんな人いねーよとは言えないほどに、見た目のいい作家さんもいます)、独立系書店を切り盛りする中年がハンサムで美人の妻がいながら妻がお互いの不倫を容認してセックスもうまいとかそんな都合の良い設定は今どき冷めるよなーと思いつつ、先日成田美名子先生がCIPHERのことで対談みたいなのをしていたときに綺麗じゃない人を書いても面白くないみたいな感じの(もっと賢い言い回しだったような)ことを仰っていて、やっぱり作家のモチベーションとしてかっこよさげな主人公に自分を投影したいし、なんか若い娘とねんごろになる夢を盛り込みたいのかもね、と思ったのでした。感情移入したかったらそりゃあ美男美女だらけのほうが好きな人もいるでしょう。私もそういうところが無きにしもあらずだけど、書いたのがおじさんだから冷静になっちゃった…

 

ラストまで読んでみれば数々のなんてことない描写が実は意味があったってところもあるのでミステリの要素もあったか。人の期待する部分にもよる。

 

私が気にったのは、独立系書店のオーナーのブルースがすごく頑張ってお店を成功させていくところですね。もともと小売店雇われ店長だっただけに、私に足らなかったのはこの部分なのかもなというのを随所に感じました。彼のこの頑張りが物語にとって本当に重要なのかどうか、この辺の描写があるからいろいろ説得力を帯びてくるので決してムダじゃないし読み物として私には興味深い。いい仕事をする人が出る作品は好きです。この作品にはいい仕事をする人がちょいちょい出てきます。怠惰に過ごしている人もいるけど、その人にはその人の役割がある。

 

村上春樹が翻訳するだけあって文芸系の趣も強く、ミステリと言い難いあたりに読んだ人といろいろ語れる要素があると思いました。村上春樹の翻訳を読んだことはそこまでないと思うけど、グレート・ギャツビーは持ってます。でも読んだのは新潮版の「グレート・ギャツビー」だから野崎訳。すごく好きだから2回読んだし原書もぼちぼち読んだ。

あんまり訳者あとがきとか読まない方なのですが、これは読んで面白かったです。

めっちゃデカいツッコミができる。「おおおおおい!」って声を上げたくなりました。さすが村上春樹

この本で扱われるべき生原稿って他の作者の他の作品でも良かったかもしれないけど、フィッツジェラルドの作品だったから村上春樹との縁ができた気がしました。あ、キャッチャー・イン・ザ・ライでも大丈夫だったか。

 

これはおじさんが好きだと思うので(最低の偏見)おじさんは読むといいです。なんと、続編もあってそれも村上春樹が翻訳するらしい。(後日:村上春樹は訳しませんでした!)

私も気に入ったので(ブルースのドスケベぶりはちょっと嫌だけど)読むと思います。