夜は終わらない

複雑に入り組んだ現代社会とは没交渉

20009 ラーラ・プレスコット「あの本は読まれているか」

ドクトル・ジバゴ」はね、映画は見たんですよ。あれ何年前だったかしらん。ものすごく長かったような気がするけど、根気よく見ながら憤慨してた。オマー・シャリフのことも嫌いになるレベルでムカついたけど、どこにムカついたのか具体的に思い出せない。女性が蔑ろにされていた印象はある。 ラーラが気の毒って思っていた。

あの本は読まれているか

あの本は読まれているか

 

冷戦下のアメリカ。ロシア移民の娘であるイリーナは、CIAにタイピストとして雇われるが、実はスパイの才能を見こまれており、訓練を受けてある特殊作戦に抜擢される。その作戦の目的は、反体制的だと見なされ、共産圏で禁書となっているボリス・パステルナークの小説『ドクトル・ジバゴ』をソ連国民の手に渡し、言論統制や検閲で迫害をおこなっているソ連の現状を知らしめることだった。──そう、文学の力で人々の意識を、そして世界を変えるのだ。一冊の小説を武器とし、危険な極秘任務に挑む女性たちを描く話題沸騰の傑作エンターテインメント!

 しかしこのお話の中心にある「ドクトル・ジバゴ」は各国の政治に振り回されたこと以外は特に知らなくてもいいし作中でその経緯は詳しく取り上げられているので(フィクションも多分にあるけど)気にしなくて大丈夫。内容的にソ連が禁書にするような要素ってそんなにあったかなあと思い返しても(作中でもソ連の市井の人たちがそう言っている…)なんかむかつくユーリ・ジバゴのことしか思い出せなかった。

 

このお話でそれより伝えようとしているのは、この本を取り巻くムーブメントの中に影になり日向になって動いた女性が多数いたこと。

女性たちの描かれ方が「いまどき」で、男性からの抑圧を憎みながら女性たちのコミュニティのなかでたくましく強かに働いている。当時の抑圧のされ方はいまよりさらにひどくて、どんなひらめきも活躍も手柄も男性たちのものにされているようだった。

映画「ドリーム」を連想したけどあれより数年前の時代のアメリカで、理数系に強い女性も文系に強い女性も本来の力を発揮できずCIAのタイピストとして働くことに収まる程度に扱われる様子が描写されている。少しでも男性を上回る行いをしたら左遷やクビやその業務を外されたり。

そのなかでゴシップ好きなタイピスト達の自分たちの楽しみを見出す姿が、現実にあっては鬱陶しいことこの上ないけれどそうなるしかなかったしそうするのもいいじゃないかと思えてしまった。

そこから遠い海の向こうでも女性が一つの作品とその作家に振り回されていて、その悲惨さはもう理不尽極まりないんだけど、私は「オリガ・モリゾヴナの反語法」を読んでいるからスターリン政権下の女性の強制収容所については予習済みでまた味わってしまった…という気持ちでいっぱいになりました。あまりにもひどいんだけど、そこで見出す救いについて描かれていたシーンがやたらと記憶に残っていていまも時々思い出していた。「ドクトル・ジバゴ」よりずっと覚えている。

 

それでもエンタメ性があって、複数の人の目を通して語られるので悲惨な女性の物語だけでなく、切ない恋愛の物語でもあるし、様々な理不尽なことを飲み込んで生きるお仕事小説のようにもとれました。

恋愛要素があるとは思わなかったんだけど、これがとびきり美しくて、切なかった。

すごく取材したんじゃないかとわかるくらい当時のソ連やCIAの様子が活写されていて、当時の風俗、服や習慣なども丁寧に表現されていて読み応えがありました。

ボリス・パステルナークが書いた小説が秘密裏に西側に運ばれて、出版されて本国へ流布されるという様子は実はそこまで重要じゃないのではという感じも受けたけどそれでいい。ペンは剣よりも強いけれど強くするために動きたい人たちをサポートする人たちが主役で、彼らの存在を無視してはいけない。優しくて熱い気持ちになれるかも。かなり切なくもあるけど。彼らが今の時代を見てもまだスッキリしないだろうな。

 

作中でパステルナークが美男だと表現されていたので調べたんだけど私の好みじゃないけどたしかに作家にしては美男で、その息子はかなりの美男でした。でも私は50代〜60代のじーさんはいやだな!(失礼

 

 

オリガ・モリソヴナの反語法 (集英社文庫)

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  • 作者:米原 万里
  • 発売日: 2005/10/20
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