夜は終わらない

複雑に入り組んだ現代社会とは没交渉

サミュエル・R・ディレイニー 「ドリフトグラス」

コメット・ジョーはメッセージを届けるためオカリナと仔悪魔猫と共にエンパイア・スターへと旅立つ……痛快なスペース・オペラにして実験的ビルドゥングスロマン、物語の面白さを凝縮した超絶技巧が炸裂するディレイニーの最高傑作「エンパイア・スター」が鮮烈な新訳版でついに登場! さらに、海に八つ裂きにされた男たちを哀切に描く表題作の他、ヒューゴー賞ネビュラ賞に輝くサイバー・ハードボイルド「時は準宝石の螺旋のように」、よきライバルであるロジャー・ゼラズニイのスタイルを真似た異色作「われら異形の軍団は、地を這う線にまたがって進む」、洗練を極めたテクニカラー・ファンタジー「プリズマティカ」等、華麗なる文体と変幻自在のイメージ、哲学的思索と愛と暴力とエモーションに満ちた天才ディレイニーの決定版短篇コレクション、全17篇収録。

真っ白な装丁で2段組みもう少しで600ページといういろんな意味で持ち歩きにくいのでおうちで読みます。さて、最後まで読めるんだろうか…

「スター・ピット」浅倉久志

何が起こっているのかどうなっているのかわけわかんないけど最後までわかる自信がない、なんてものを買ってしまったんだ私は…と思いつつ、でも不思議と読みやすくて読み終わって、ああそうか、と思える。こちらがこうであってほしいと思える着地点をわざわざ作者が用意することはないものだけど、地球から離れた人工円盤のこぢんまりとしたドッグで生活しているおっさんの「限られた世界でこれからも生きていく」感じはけっしていまの私から離れているとは思えなくて、それをあえて想像力の羽を伸ばして宇宙の話にしちゃったのが好き。限られた世界を打破できるのは発達障害にも似たちょっとコミュニケーションが難しい人たち、というのも興味深い。

「コロナ」酒井昭伸

今度もわけわかんねーやつだったらどうしようと思ったら全然。ミニドラマにでもなりそうな小品であった。ひどい人生を送らざるを得なかった青年の良い行いの純粋さもいいけれど、短い話の中で登場する各キャラクターの掘り下げ方が巧み。これはSFにピンとこない人も読める。

「然り、そしてゴモラ……」小野田和子訳

こちらは読んでいったらだんだん事情がわかるかも、程度に謎な作品。 ここまで読んで書かれたのが50年前というのが驚きなほどいろいろ自由だし古くない。 出てくる固有名詞は自分で意味を見つけるしかないのだけど、タイトルは「失われた時を求めて」(聖書からの引用)から来ているらしく、地球外で働くために性がなくなった?集団が自分の欲求を解消するために自分たちとは対極?の人達を探している…で合っているのかな。「ブレードランナー」のレプリカントを思い出すけれどあんな凶暴さはなく、でも怒りは抱えている。小品なので多くは語られず、サラッと終わっているけれど当時としてはすごいアイディアじゃないのかしら。

「ドリフトグラス」小野田和子訳

主人公はそんなに歳をとっていないのに痛ましい過去があるからか、舞台が漁師町だからか、滋味溢れるSFになっていた。短い作品なのに独特の世界観を浸透させるのがうまい。妙に住みたくなっているもの、この世界に。

「われら異形の軍団は、地を這う線にまたがって進む」深町眞理子

文明のある方が悪魔、ない方を天使に準えて電気的設備を敷くために起こす悶着だと気づくまでにけっこうかかったぞ…でもそれがごく自然のやりとり、世の中でよくあることみたいに馴染ませるのがうまいな。 深町眞理子さんが大好きなのでそれだけで読むのが嬉しい。

「真鍮の檻」伊藤典夫

宇宙時代の監獄は「火の鳥」のヤマトタケルの話のラストみたいな作りっぽい。新しく収容された囚人が犯した罪が狂気を含んだ独白で綴られるんだけれど、舞台がヴェネツィアでなんともうつくしい描写であった。

「ホログラム」浅倉久志

火星探索で見つけたものがギリシャ風の遺跡で、彫像の目はレーザー・ビームで覗くと映像が流れるしくみになっていた。それを見た一人が混乱をきたす…が、スリラーではなかった。見つかった遺物とお話の謎がちょっと絡まっているがお話の流れそのものより火星の描写などが気に入りました。短くてそんなに必要とも思えないのにめちゃめちゃ細かい。

「時は準宝石の螺旋のように」伊藤典夫

見た目と名前を変えながら泥棒稼業を営む青年が凄腕の女性刑事に目をつけられていることを自覚し、手持ちの盗品を彼女からの謎の予言?によって売りさばき逃げ果せるがーという話? 昔だったら斬新だったかもしれないけれど(ガジェットは魅力的。透明なものが多いのがチープで)全体像とか着地点があやふやで、でもわざわざ話にするほどの感じもなく(私の読み方が悪いんだろうけど)ふうん、で終わってしまった。あれほど読みたかったのに。ホログラムの機能は同じなのね。

「オメガヘルム」浅倉久志

宇宙の支配者というか神のような女性の組織「オメガヘルム」で6年近く働いた有能な女スパイが彼女の元を去るに当たっていろんな話しをするのだけど、神のような女性だけに万能感はあるが全てなんだか歪で怖かった。そらー離れたくなるわ。

ブロブ」小野田和子訳

かーなーり下ネタSFであった。そうなのか、と気づくまで真面目に読んだ私が馬鹿だった…

タペストリー」小野田和子訳

これからは「貴婦人と一角獣」を見る目が変わりそう。

「プリズマティカ」浅倉久志

ここへ来ていきなり読みやすいおとぎ話だった。他の人でも書きそうなくらい…

「廃墟」浅倉久志

ファンタジーというか寓意もありそうな内容。見た目がころころ変わる女性は運命の三女神っぽさもあり。

「漁師の網にかかった犬」浅倉久志

地中海を舞台に土俗的な匂いもする話。犬の扱いがいやだ。珍しく書いた場所と舞台が一致…

「夜とジョー・ディコスタンツォの愛することども」浅倉久志

二人の男性が城の中で自分の思うままに人を創造し、お互いも自分が作ったと認識しているので干渉しながら諍いを起こしている感じ?幻想的な文体で結局なんやねんという…まあ答えはもう求めんよ

「エンパイア・スター」酒井昭伸

ここまで頑張ったご褒美。こういうのが読みたくてこの本を開いたの!太陽とは違う恒星の衛星に住むコメット・ジョーが宝石と仔悪魔猫と出会い、エンパイア・スターを目指して旅に出る話。 どういう話か全体像がつかめるのは最後、というあたりはこの本の作品に多く見られたけれどこれほど切なくてじわじわくることはなかった。面白かった…名前とか、ガジェットとかキャラクターとか全部好き。

一通り読み終えて 書いた時代の割に女性の扱い人種の扱いが随分自由だなと思ったら、作者自体が自由な立場の人であった。自由でいられる人というのは、マイノリティなのかもしれないね。 あいにく全てに適応できるほど頭が良くないのでわからない話もあったけれど、含まれた暗喩を読み解くのが面白い作品にたちなんでしょう? 触れ込み通り「エンパイア・スター」が素晴らしかったけれど、表題作の「ドリフトグラス」も良かった。