文庫になったときに読んでえらく感動して、2作目が最近発売されたので再読しています。 かなり前に読んでいたから今では感触が違うかもしれん…
地球の衛星軌道上に浮かぶ巨大博物館“アフロディーテ”。そこには全世界のありとあらゆる芸術品が収められ、データベース・コンピュータに直接接続した学芸員たちが、分析鑑定を通して美の追究に勤しんでいた。総合管轄部署の田代孝弘は、日々搬入されるいわく付きの物品に対処するなかで、芸術にこめられた人びとの想いに触れていく…。優しさと切なさの名手が描く、美をめぐる9つの物語。日本推理作家協会賞受賞作。
「天上の調べ聞きうる者」
博物館惑星という特殊な環境に関する説明がサラッとしているのにわかりやすく、使用するガジェットやデバイスもいつ読んでも古くない、あえて古そうな感じのものも使うのが本当にセンスがいい。だからいつ読んでも気にならずに読める気がする。あくまで個人の感覚ですけどね。
このお話に出てくる「共感覚」は楠本まき先生の「赤白つるばみ」にも取り上げられているので、そちらを愛読したあと読むとまた理解が違う。
局地的な愛好を生じさせる絵画の秘密を巡る物語で、特別な状況が揃わないと耽溺できないのは出来ない者にとっては羨ましいかもしれないが、そのへんを切り取っているわけではなく、芸術や美を愛するものが芸術品とそれが本当に必要な相手に公正に対処するという、博物館惑星の方向性を提示する、入り口としてよい内容だった。
下巻に出てくる共感覚の表現が美しいので参考文献としてどうぞ。
「この子はだあれ」
結構なスペックを持っている主人公、面倒くさい人とも仲良くできる奥さんという人物像を行間で読み取らせながら、厄介事を引き受けるうちに博物館惑星の人間関係や忖度も浮き彫りに。15年間で社会性を昔より獲得して読むと縦社会横社会に「あるよねえ」という気分になるもので。
己の成長具合?も発見しながら読めるから再読はありかもね。
老夫婦が手に入れた人形の出自を巡るお話だけど、老夫婦の職業が説得力をもたせ、たどり着いた結論が切ないながらも主人公にまで温かい気持ちを与える流れが綺麗にまとまっていてよかった…が、卑屈な学芸員さんはこれからも出るんだっけ?アレだけで終わってはいけない気がするけれども。
このお人形の顔は、シリアスにはならないけれどギャグマンガ日和の増田こうすけ先生あたりにデザインしてほしい気がする…でないとチャッキーのイメージが自分にはつきまとうぞ。(お話自体はそんなホラーとか脱力系ギャグじゃないです、まったく)
次の話は相当好きだった印象があるので読むのが楽しみ。
「夏衣の雪」
笛の名家のあわやお家騒動に巻き込まれる話なのだけど、アイテムがそれぞれ美しく趣向を凝らせたものなのでまあ、漢字を目で追うだけで眼福モノといいましょうか(あくまで美しい漢字が大好きな個人の感想です)トラブル自体も言葉遊びみたいなところもあってちょっと可笑しみもある。人工惑星の人工的に作られた美しい環境の中にあって日本の伝統文化が映えるというのを文章で読むのはいいものだなと改めて思いました。やっぱりこのエピソード、好きです。
「享ける形の手」
主人公:田代さんは鳴りを潜めて、引退を考えている搾取されたカリスマダンサーとそのガチファンの科学者のお話。本物のファンは、推しの凋落を目の当たりにすると叱咤激励するものかもしれないね。搾取のされ方が現在の一部アイドルの有り様にも似ていて、他人が思い込むその人の輝かせ方ってなんだろうねと思ったものでした。
学芸員たちが使用しているシステムなどもろもろギリシャ神話の神様の名前が使われているので神々の園で生きている人たちのイメージがあるなあ。社会生活は大変かもしれないけれど、仕事は面白そう。
「抱擁」
物語にすっかり馴染んでいた学芸員の中の「直接接続者」のシステムがなんかアップルのデバイスみたいなものでサポート終了乙だとわかってしまうお話。
再読のはずなのに全然憶えていなかったのだけど、切なくて心温まってオチもいい感じのお話でした。救命するためのアイテムがブラックジャックのどこでも手術できる風船型の無菌室みたいであの画がパッと浮かんだんだけど作者の描写するところとちがうの…か?
「永遠の森」
「抱擁」でも名前が出ていたいけ好かない若手が表に出てきてスタンドプレーで地雷をどんどん踏んでいく、その辺の痛々しい部分はどうあれ、核になる物語は美しくて描写も見事でした。実現可能なら見てみたい。良識を無視して名誉欲に駆られた若手のスタンドプレーって物語を動かすのにわりと楽かもしれないけれど特に知りたくもないキャラクターだなといまは思うのであった。そんなに嫌な存在って、必要かな。
「嘘つきな人魚」
人工の海に世界中の生態系をぶちこむには透明の水槽で分ければいいという、ドラクエビルダーズ2にも応用できそうなアイディアが活かされたシステムに芸術と感傷が混ざりあってドラマになるのだけど、人を人たらしめるものってなにかしら、生み出される芸術ってなにかしらという壮大なところまで行間で考えさせられるお話でした。これ映像で見たいなあ…「永遠の森」も映像で見たいけど。作者様はアニメ会社とご縁のある人なので是非に。
「きらきら星」
ねえ、わたしよ。本当にこのお話読んだの?なんでこんなに憶えてないの?
フィボナッチ数列や黄金比などが地球外生物?から発見されてからの、それまで何度も出てきたトラブルメーカーによるトラブル、セクハラと片思いとストーキングってどこに線を引くべきなんでしょうかね、というエピソードが混ざった話で、モチーフが面白すぎたのだけどこれを憶えてないってもう読んでないのも同然じゃないか。フィボナッチ数列好きなのにね。たまにフィボナッチ数列言いたいだけの人になるくらい好きよね。
「ラヴ・ソング」
それまで主人公の目を通してしか存在しなかった主人公の嫁・碇ユイ美和子がいきなりハイスペック下剋上をやっちまって冬月教授じゃなかった博物館惑星のシステムを掌握する偉い人によって大プロジェクトに起用され、それまで嫁のことをちゃんと理解していなかった、天真爛漫なところを可愛いなあと思いながらその秘めた才能に目を向けず、どこか上から目線でいたという、よくある夫あるあるの主人公とそれに介入する豆腐の角に頭ぶつけろトラブルメーカーという感じが美しくセンチメンタリズムとロマンティシズム満載で物語になった感じ…誰からも嫌われる要素のないできが良くて可愛い嫁がシステムの「母」になるとか悲劇的なオチしか思いつかんところを最後に持ってきて一応美しくハッピーエンドで収めてくれてよかった。
エヴァンゲリオンを思い出したのは作者様のせいではなく、夫が第一線のようで実は嫁のほうがキーパーソンだった、って展開だったからかしらん。
一通り再読したけど丁寧に作り上げられた世界の美しいものを材料にしたお仕事小説(しかもSF)ってたぶんそうないからありがたい気持ちになりました。主人公はこんな旦那はいやだ!って感じ満載で嫁の美和子は旦那目線でしかほとんど語られなかったけれど、他の人から見てもいいところばかりでこれ15年前に読んでも胡散臭いというイメージがあったなあ(私の心が汚れているからですよ)
もっとふわっとしたイメージがあったのだけど、ふわっとしていたのは私の理解力ですね。
この15年で鍛えられました…いままで読んできたものよ、ありがとうございました。
続編を読みたいから読んだのだけど、いまはなんか軽いミステリか大型文芸でも読みたい気分なので他のにしよう。続編はまたあとで(そんな事やってるから積むんだよ