夜は終わらない

複雑に入り組んだ現代社会とは没交渉

19005 19006 アンソニー・ホロヴィッツ「カササギ殺人事件」(上)(下)

去年から今年にかけてのミステリに関する賞をほぼ総なめ、七冠だそうです。私が買ったのは賞レースが始まる直前…だったっけ? 

カササギ殺人事件〈上〉 (創元推理文庫)

カササギ殺人事件〈上〉 (創元推理文庫)

 

1955年7月、サマセット州にあるパイ屋敷の家政婦の葬儀が、しめやかに執りおこなわれた。鍵のかかった屋敷の階段の下で倒れていた彼女は、掃除機のコードに足を引っかけて転落したのか、あるいは……。その死は、小さな村の人間関係に少しずつひびを入れていく。燃やされた肖像画、屋敷への空巣、謎の訪問者、そして第二の無惨な死。病を得て、余命幾許もない名探偵アティカス・ピュントの推理は――。現代ミステリのトップ・ランナーによる、巨匠クリスティへの愛に満ちた完璧なるオマージュ・ミステリ!

 というあらすじなんだけど、実は入れ子式の内容で上記の作品を、現代の編集者がワクワクしながら読んでいるというところから始まる、というのを忘れてはいけない。

だからこの作品がクリスティの作品のオマージュであることも、内容の「どこかで見たことがあるような感じ」も活きてくるんじゃないかしらん。

 私はクリスティ読みの母親がことごとくネタバレをし、できる限りの映像化作品を私に見せてきたおかげで直接読んだのはいまのところ2,3作しかないのだけどそれでもわかるクリスティの作品の雰囲気がやはり踏襲されていて、あの世界が好きな人が十分に楽しめるだろうし私も好きです。

 田舎の家政婦の事故死が波紋を広げ、容疑者だらけで誰もが殺意をほんの少し持っていて、秘密もそこかしこに持っているというなかで、あの時代は鷹揚だったのかわからんけど刑事と一緒に名探偵が捜査する、という展開で本当に誰がやったんでしょうねえ。

 

 

 って思ったらよ。

 いま下巻の1ページ目を読んだらよ。

 

 

 どゆこと…

 

 つづく☆

 

カササギ殺人事件〈下〉 (創元推理文庫)

カササギ殺人事件〈下〉 (創元推理文庫)

 

2019年5月19日 下巻読了 ここからほんのりネタバレしているので、読んでいない人には「超面白かった、読んだらいいよ!」とだけ、お伝えしておきましょう…

 

 

すっかり引き込まれていた作中作からガラッとそれを読んでいた女性編集者へ視点がうつってから怒涛の展開。

ミステリ編集者の素人探偵物語に「それコージーじゃん?」とか思いながらも上巻の物語を絡めながら実在人物の名前もいろいろ出てきてどこまでが実在でどこからが非実在なんだろうって変な錯覚に陥りながらも、一番気になったのは「私はカササギ殺人事件のオチが 読めるのだろうか?」ということでした。読者の多くがそうだっただろうけど。

 

主人公の容疑者たちに対する好悪がステレオタイプでなく、でもあくまで利己的で謙虚さはまるでないところがなるほど西洋人で、最近さー、ニュースサイトのコメとかで人に対して謙虚さとか身分とか立場をわきまえよという自分がどれほどかわかんないけどその人のものさしによる常識やら良識やら普通やら一般的なものの押しつけにうんざりしていたから、むしろスッキリするわあって。あんまり好きなタイプの素人探偵じゃなかったけど(本人は素人探偵のつもりじゃない、とは言うけれどめっちゃぐいぐい行ってるやん)嫌いでもなし。たぶん同年代だしな…

作中作がお見事だったから上質のミステリになり得たのだなと。

物語の中の物語と読み手の自分との距離感が不思議で、何度も何度も「これ現実では売られていないんだよねえ」と思ったものでした。そのくらいベストセラーミステリの風格があって、それに対する出版社や作者や彼らの周辺の人物たちの思いが活きている感じを受け取れて、妙にリアリティがありました。

 

しかし実際今どきあんな小説が売れるかどうかはまた別よね。クリスティがあの時代じゃなくて、いま1950年代を舞台に書いて売れるかな。古臭いとか言われたりしないかな。やっぱり現代が舞台でネットとかスマホとかふつーに使われていてジェンダーバイアスとか拳銃とかドラッグとか絡まないとスリリングにならないのかな。最近そんなに現代のミステリを読んでいないからわかんないけれども。

でもこういうのを読んでいたらクリスティとか作中にも出てきたレックス・スタウトとか読みたくなるし、たぶんそういうのをたくさん読んでいたほうがこの作品はもっと面白かったんだろうなと思う。私はそんなに知らなかったけど十分面白かった。

死んだ人の好かれてなさ、嫌われっぷり、嫌な奴っぷりがもう、最高で。この人モデルいそう。でも人物造形は色んな要素からそういう人にしかなれなかったんだろうな、と読み取らせて、強引な設定による嫌なやつではない。そのへんもお見事でした。

 

まあ、さすがの七冠です。翻訳者の方に一言申し上げたい。

翻訳、お疲れ様でした!

 

 

 これ、部屋の何処かにあるんだがな…