装丁の美しさからつい買っちゃった本屋大賞ノミネート作品。
私はここ最近の本屋大賞には懐疑的なので乗っかる気はまーったくなかったんですが、作家と作品には罪はないです。罪なのは売り込みができる出版社の営業と、読んでもないのに書店員なら投票できるシステム。書店員がみんな良書を知っているとしたら大間違い。1/5いればいいほうよ、書店員に友達や知り合いがいっぱいいるから言えるんですけど。だって私に海外書籍のベストセラーについて訊いてくるんだよ?私だってそんなに知らんわ!
で、本屋大賞で三浦しをん先生といえば先にこっちを単行本で買っていて(受賞前に)受賞後にあれやこれやとメディアミックス展開されるので、あらあらと言っているうちに読む機会を失っていたこちらを読みました。
もともと三浦しをん先生の小説は好きなのですよ。地の文の日本語が丁寧だし。
しょっちゅう触れてるけど「月魚」が一番好き。
出版社の営業部員・馬締光也は、言葉への鋭いセンスを買われ、辞書編集部に引き抜かれた。新しい辞書『大渡海』の完成に向け、彼と編集部の面々の長い長い旅が始まる。定年間近のベテラン編集者。日本語研究に人生を捧げる老学者。辞書作りに情熱を持ち始める同僚たち。そして馬締がついに出会った運命の女性。不器用な人々の思いが胸を打つ本屋大賞受賞作!
辞書編纂という一般的にちょっとピンとこない分野のお仕事小説ですが、私は国文出身なのでまだ少しは近い、わりとわかる感じかなと思ったら思った以上に緻密な世界だった…
辞書と言っても広辞苑レベルのものなのでかなりのボリュームがあるものを一から編纂するというものなので念入りな仕事ではあった。仕事の描写は内容が充実していて面白かった。
でもこのあらすじ、大げさで、「ついに出会った運命の女性」とかね、ついにというと物語の中心に据えられそうな言い回しだけど序盤のことなので。
章ごとに視点と主役が変わってそれぞれの立場でお話が進むのは物語を多面的に見られて面白く、それぞれの仕事や周りの人に対する向き合い方とかが伺いしれて良かったのだけど、恋愛が人生にとっての大事なイベントのように、登場人物のそこかしこに恋愛が絡んでいて、それが生活の一部なんだろうけど仕事にプライベートを持ち込んだり介入したりするシーンがわりとあってそのあたりは私の仕事に対する信条とちがうのでしじゅう首をひねりっぱなしでした。
私は会社の同僚に自分の好きな人の話をしないし、しなくても仲良くなれるし仕事は捗るのよね。そして恋愛の悩みどころか自分の悩みで仕事が左右されることもないし、仕事で出会った妙齢の相手をどうのこうの思うメスブタスイッチは入らない…仕事外で一緒にご飯を食べに行くことがあったとしても、メスブタスイッチは入らない…
説明しよう!メスブタスイッチというのは、思春期か思春期をこじらせたまま大人になった女性が自分好みの男性が絡むとテンション上がってぐいぐい行ったり、ツンデレになってみたり、さらにいろいろこじらせて鬱陶しい人になって周りの人が面倒くさく思ってしまうスイッチである。
もっと良い言い方はないものかと自分でも思うんだけど、実生活で「あ、この子いまメスブタスイッチ入ってる」って思うことがあって。
同義語に「オスブタスイッチ」もあるけれど、なんつーか、豚に失礼よね、ごめんなさい。アバズレスイッチとヤリチンスイッチって言えばいいかしら…(どれにしろひどい言い方)ヤリチンスイッチはね、相手の気遣いなくセクハラ発言をしたり、わかってないのにこうやってやれば喜ぶとか勘違いしている人ね。下手なのにね(なにが
だいたい豚野郎って言い方も豚に失礼よね。豚はキリスト教的に嫌われているけれど、あんなに美味しくて可愛いし、動物の本能的にがっついているのかどうかは知らない…
そのへんはどうあれ、恋愛部分が差し挟まれる割には簡単で少女漫画的であったり、わりと安直なのをノイズに思うかスパイスに思うかが難しいところ。確かに重要な部分に効いていたりするけれど…お仕事小説に恋愛はいるか、いらないかという論議に入りそうな勢い。
ドラマの「重版出来」が似たような業界のお話なんだけど、原作の方は知らないけどドラマの方は仕事のことがすごく中心に据えられていて、主人公にほのかに恋してる同期の人とかいたりしたけどそれがお話に大きく関わってくることはなかったのよね。主人公はそんな浮いた話より仕事を頑張る気持ちでいっぱいだったしな…
ああいうくらいの距離感がいいわ、と。
でも辞書を作るお話はかなりの時間の経過を要するので、その間に人の入れ替わりや時の流れを表現するために携わる人の環境の変化の描写は必要なわけで。
そのへんの匙加減をどうするか難しいんだろうなあ、そして中心になるまじめさんは小道具も含め、恋愛要素は大事だったんだろう。とは読んでいる途中でわかってきたのでまあいいかと流せた。
映画化されてそこでまじめさんを松田龍平さんが演じている点でね。
じゃあ松田龍平さんが恋をこじらせるの?と思うと萌えるしな…
読んでいると笑えるところがわりとあって、そういう笑える要素に松田龍平さんがいると思うとわくわくするしな…
映像化されたあとで読んでよかった。
雲田はるこ先生のキャラデザでアニメ化もされているけれど、そこも良いんじゃないでしょうか。雲田はるこ先生のあのイラストでこじらせたり煩悶したり、四面楚歌をもじったりする可愛げのある男性が描かれるのはいいんじゃないでしょうか(ここで自分にメスブタスイッチが入るのを自覚)
お仕事小説、お仕事を題材にした作品にどれだけ仕事外のネタを盛り込むかが気になったけれど(「愛なき世界」はそのへんをもっと感じそう)辞書が出来上がっていく流れは有意義で面白く、細かい作業を通して出来上がっていく様子が丁寧に書かれていました。そのへんはお上手だなあ、ためになるなあと、思わず自分の持っている辞書のいろんなところを見たものね。執筆者とかね。あと紙の触り心地。私は紙の触り心地と匂いを大事に思うのでそこの描写があって嬉しかった。
広辞苑も学生時代に使っていたのを持っているんだけど、たぶん近いうちに引っ張り出して読み耽るでしょう…学生の頃は受験勉強の合間にいっぱい読んでいたものであったよ。いまは漢字検定の勉強をしている流れで漢辞海を愛用しているのでそればっか見ている。電子辞書も持っているし、アプリとして大辞林とウィズダム英和和英を持っているけれど、辞書は紙のものですよ。英単語英熟語を覚えるツールにするなら特に。
そして!この小説を恋愛を持ち込むことに首を捻っていたのだけど、恋愛が絡むことが重要になるエピソードもあるにはあった。
それに対する登場人物の姿勢、考え方がすごく気持ちよくて。「辞書とはなにか」「なんのために辞書を引くか」に関してはこのあたりがクライマックスだった。
このために恋愛の描写があったのだったらまあいいか!とも思える。確かにそういう議論をしていてあなた方はどうなのよ、と思う読者もいるかもしれないしな…
最近の良い傾向で物語にあまり悪い人は出てこず(ちょっとは出る)清々しいエピソードが多いし笑いどころはあるし、地の文は綺麗だし、辞書編纂の世界に興味がある人には有意義な作品なのではないでしょうか。