夜は終わらない

複雑に入り組んだ現代社会とは没交渉

ケン・リュウ「母の記憶に」(読書中)

 やっと着手。

母の記憶に (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

母の記憶に (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

 

 なんで読んでなかったかって、順番に読もうとすると一番にくるのが「烏蘇里羆」なのですが、「烏蘇里羆」はS-Fマガジンですでに読んでいたので、話を知っているだけに再読するべきかどうかうだうだしていてここまで来たのであった…(紙の動物園を読んだ時は「良い狩りを」の再読は省いたのよね。おもしろいのに)

 

で、結局再読しました。

 

「烏蘇里羆(うすりーひぐま)」

1907年の満州あたりが舞台のスチームパンクゴールデンカムイ羆嵐という感じ?

ゴールデンカムイを読んでから読むのは初めてなので「キムンカムイじゃなくてウェンカムイやー」とか思ったり。

両親を超巨大羆に殺された中松博士が熊への復讐を胸に機械馬をあやつり現地の子供をやとって捜索するというお話ですが、短いお話の中に改変されている歴史要素、ファンタジー要素、アイヌ要素、熊との戦いが描かれており、非常に密度が高い。密度が高いのは前作品集「紙の動物園」を読んでいるときも何度も何度も思ったものだけど。

私としてはこの物語の先が気になりました。熊は人間の技術を得てどう生きていくのだろう、って。お話にあるように、国家が望む兵士にもなり得るのだけど彼らはその道を選ぶだろうか。

他所から来た文明や人間に自分たちの世界を踏み荒らされる無情さをそこかしこに感じさせる、理不尽な感じもするのに味わいがあるお話でした。

この短編の白眉は、冒頭の雄々しい詩のような地の文や、日頃使っている日本語よりすこし難易度が高い表現の数々が物語を彩っているところです。難しいと思うなら辞書を引いてでも意味を知るとずっと味わい深くなるでしょう。私はさほど難しいとも思わないけれども。こういった言葉を使い慣れないのに日本語を使えると言えるのか?ってちょっと考えてしまいました。言葉の選び方が、ほんっとうにかっこいいです。

羆嵐 (新潮文庫)

羆嵐 (新潮文庫)

 

 

「草を結びて環を銜えん」

陰惨ながら救いがあるおとぎ話という感じのお話でした。

明王朝から清王朝に変わろうとする時代に娼妓が下女に纏足をさせないというくだりにそこにある思慮に気づくのだけど、下女には意地悪にしか受け取れず、憧れや尊敬や畏怖はあっても自分への扱いの悪さに自尊心を傷つけていた下女の子は彼女がどれだけのものを与えられたのか気づかないままなのが切ない。

野蛮な時代の女性や弱い者への扱いに胸糞が悪くなりますが、娼妓の名前の美しさやその名前が最も意味を持つ瞬間の情景は素晴らしいので読む価値はあります。筋の通ったかっこいい女性だったなあ…

 

「重荷は常に汝とともに」

ケン・リュウの素晴らしいところは、歴史改変ファンタジーも面白いけれどSFも面白いところ!私はどちらかというとケン・リュウのSFのほうが好きなのでSFが始まったとわかった時点でテンションが上りました。

お話は宇宙考古学者の彼氏と遠距離恋愛をしたくないからと宇宙人の遺跡がある星へ移り住んだ会計士のたまごの女性が発見した事実についてなんだけど、住んでいたと言われる宇宙人がFGOのラフムっぽいなーと思いながら、オチでヴォイニッチ手稿を思い出したり。

まあ、現実はそんなものでそれを見つけ出すのが彼女であった、ってところがまたありそうな話で。軽妙で楽しく読めました。おもしろかったー! 

 

「母の記憶に」

表題作。すごくすごく短いお話なのだけど、短い中でリアルな時間の流れが描かれていて人によっては泣けるかもしれない。もし同じ状況でおなじシステムが使えたら自分は使うだろうか?と思いつつ、それだけ技術が発達しているならもっと他に打開策もありそうな…という、最初の設定を疑問視してしまった。それでも、宇宙の物理法則と母親の愛と娘の人生を絡めるなんて素晴らしいSFですよ。

 

ここで、2019年2月発売の銀背がケン・リュウの第3短編集だと知りました。

まだAmazonには反映されていませんが、コニー・ウィリスが発売前の11月5日には予約可能だったから1月上旬には反映されていたりしないかな…まだ読めるのが嬉しい。

 

 

「存在(プレゼンス)」

近未来の遠距離介護を描いたらこんな感じ、という作品だけど二人称で展開されていて主人公のバックボーンの重さと後ろめたさとそこから目を背けたい気持ちは他の作品でもちょいちょい姿を見せるアメリカ在住の中国系の作者の複雑な思いになにかしらつながるのかも、と思ったり。それをポケミスサイズの10ページにも満たない容量でじっくり書けるという。余計なことは書かれていないけれど、爪切りとジャムの香りの描写は情感を呼び起こすし、二人称の意味について考えるだけでかなりの時間が稼げるから読書会向きだと思う。読書会に行ったことないし、いまは行こうとは思わないけれども。

 

「シミュラクラ」

実在する人間の記録を具現化させて割と自分の好きなように動かせられる技術を発明したら、そらーそういうことをやるんだよ男性の性だよ、ってな醜態を最愛の思春期の娘に見られて以来不和になった父娘関係の話。 

こういう技術があったらうちの父も全く同じ使い方をするだろうなあ、そして我々も修復不可能な不和を迎えているのでこの作品はいろいろ思うところがあり。

あるだけで特に私の心を癒やすとか更にムカつかせるということはなく、まあ不和が修復できない親子がいてもいいんじゃないと思うのであった…

何年越しに読んでるんでしょうね。もう次の短編出てますよ(2020/03/302:25)

 

 「紙の動物園」を読んだときの感想↓

leira3mitz37.hatenablog.com