夜は終わらない

複雑に入り組んだ現代社会とは没交渉

H・R・ウェイクフィールド 「ゴースト・ハント」

ゴースト・ハント (創元推理文庫)

ゴースト・ハント (創元推理文庫)

1日1話読むので1話ずつ感想を書き込んで行こう。
「赤い館」幽霊屋敷もの。短期間だけその館に転居してきた主人公一家がじわじわと不愉快で恐ろしい目に遭う話。近所に住む良心的な貴族が屋敷についての曰くを教えてくれるのだけど、最初から教えなかったのは気づかないかもしれないし、徒らに脅かしても、という良識的な判断か。恐怖に関する描写はあからさますぎず、地味なところから右肩上がりに怖くなる内容だけど、わかっていて明かりを落としたり、1日くらい寝ずの番をしてもいいだろうに寝ちゃったりと、ツッコミどころも多い。そういう隙のあるところが私には怖い。最近読んだ「シャイニング」とちょっと似たところがあった。幽霊屋敷たる所以とか、子どもとか。幽霊屋敷ものでは鉄板なのか。
「ポーナル教授の見損じ」天才のコンプレックスから生じた怪談。真実ははっきりしないままの告白文とそれがもたらす超常的な事件にチェスが絡む。チェスの絡むお話が大好きだからそれだけで十分惹きつけられた。若島正さんがアンソロジーに加えてもおかしくない感じ。吉野朔実の短編漫画に似た趣の話があったけど(その漫画では題材がチェスじゃなくて小説)高慢な人がどうしても敵わない相手と向き合うと同じ結果になるのかな。ポーナル教授はエゴの強い嫌なやつなんだけど、自分のことがよくわかっていて交際にお金を使わないからお金がたまるという悲しいけど本当の話をぶっちゃけているところは私的に好感が持てる。このお話は気に入りました。
「ケルン」収入や才能に違いがあるが、親同士の縁から幼馴染で離れている方が不自然というくらい仲良しの若い男二人に旅先で起こった悲劇。よくある、地元の人は絶対守るしきたりを冒険心で破ってしまうという流れ。結局なにが起こったのか、何があるのかは明瞭にしてはないけど不気味なことが起こるから地元の人間はしきたりに従うし、従わなかった者に対する態度は同情はしてもどこか冷めている。そこが不気味さを盛り上げていた。
「ゴースト・ハント」表題作。ラジオの実況中継の体裁で霊感がないレポーターと専門家のフランス人がいわく付きの屋敷で取材するのだけど、これまで読んできたなかで一番怖かった。ほぼずっとレポーターがしゃべりどおしでセリフのみで展開されるのだけど、徐々におかしくなっていく様子がうまい。建物は赤い館をそのまま流用してそうな感じだけど、扱い方次第で味わいも変わるものだ。ああ怖かった。
「湿ったシーツ」強欲な女性が浪費ぐせのある夫の唯一の頼みの綱である財産家の伯父に阿るために招待したばかりに起こったこと。因果応報かもしれないけれど女性は明確な悪事を働いたわけではないからこの顛末はちょっと気の毒な気がした。
「彼の者現れて後去るべし」腕利き弁護士が目の前で死んでしまった親友の復讐をする話。復讐する相手が非常に濃い。ジョジョの奇妙な冒険のラスボスにもなれそうな人。背徳者で超人的でど変態。そして卑しいところもあるところもジョジョの悪役じみている。恐ろしい敵と対決するために主人公は休暇を取り、相手を研究し、味方を得てじっくりと相手の懐に入って行くその覚悟がまたよし。スリリングでおもしろかった。他の作品に比べて長かったのだけど読み応えは十分。
「"彼の者、詩人なれば…"」これも前述の吉野朔実の作品に似た感じ。こっちの方が近いか。腕の良い編集者のチェルトナム氏の元に自作の詩集の出版を依頼してきたのはカトウという名の日本人。詩集を預かったところからチェルトナム氏に不思議なことが起こり出し、徐々にカトウ氏のようすも変わってくる。その不思議なことのエピソードがゾッとする内容だった。しかし、ゴネサラってどんな日本人の苗字だよ…
「目隠し遊び」赤い館とゴースト・ハントを足して2で割った感じのショートショート。田吾作なんてジョジョのセリフでしか最近触れてないわあ…まあそれはどうあれ、一人しかいないはずの暗い部屋でなにかが触れる恐怖は日本のテーマパーク的なお化け屋敷以外でも演出が有効らしい。実際怖いだろうな。
「見上げてごらん」語り手の設定とかいまいるところとか細かく設定されているのに結局それが無駄になるかのようなオチ。普通の人にも怪談は時と場所を選ばず突然に、といった感じはリアル?なのかな…どうオチをつけていいかわからんからとりあえず嵐じゃ!って勢いを感じた。
「中心人物」精神科医から「わたし」が受け取ったある男の手記。この「わたし」はウェイクフィールド本人かしら。出てくる劇場の模型というのが気になった。いまもあれば欲しいような…マクベスやりたい、私も。狂気に陥った男の話なのでどこまでが本当でどこまでが妄想なのかよくわからないけれど語り手はそんなに出てくる女優のことを愛しているように感じないのよね…その辺りに「脚本の力に動かされた」感じが無きにしも非ずだった。
(ここから諸事情により少しの日数が空きました)
「通路」富豪が格安で購入した物件に遊びにきた男友達の話。地元ではわらべ歌になるほど曰くのある物件ということで、というより安い物件なんてろくなことはないというのはこれまで読んだ幽霊屋敷ものでも明らか。結局最後の男ふたりというのが誰と誰なのか明確にされていないから驚きつつ、不安を感じた。もともとフラグが立っていた人だけではなかった、というのが気持ち悪い。パリサーの細君の悪口が具体的でひどいのでモデルでもいるんじゃないかといぶかしんだ。別に必要ない描写にとれた。
「最初の一束」音楽批評で糊口を凌いでいる「ぼく」が日曜朝の楽しみとして友人のポーチャスとマンチェスターで行われるシベリウスの演奏会へ車で向かっている道中に、退屈しのぎとしてポーチャスが自分の片腕を失ったエピソードを語る。閉ざされた田舎で行われる土俗的な儀式の話だけどここでも明確な原因と結果は語られず、読者に「だいたいお察しください」という様子なので気味悪さが盛り上がる。成長したポーチャスがかなり人間的に魅力があるようなのはその昔の事件で達観したから、という解釈が彼の口ぶりなどから想像できて、この短編集に出てくる登場人物は短いエピソードに不要なほど人物描写が細かいのだけど、それがここでは功を奏している感じがした。
「暗黒の場所」幽霊屋敷の一番胡散臭い場所のすぐそばで寝起きしているのにピンときてない男性が視点の話。語り手がよくわかってないだけにピントがぼやけていて変な感じだった。周りの人物描写のほうがしっかりしているけどお話に食い込んでくるわけでもなし。執事の存在と彼を雇う主人の評価とその後が興味深くて怪異より印象に残った。
「死の勝利」幽霊屋敷と噂される屋敷に住むオールドミスと彼女の世話をする中年女性の話。家に飾ってあるタペストリーや中年女性に読ませる本が必ず怪談であるところとか、屋敷が恐ろしいのをオールドミスは面白がっていて怪奇現象よりその人の方が怖い。事態をなんとかしようと首を突っ込む牧師夫婦の会話がほぼすべてセリフの応酬で地の文がないのが特徴的。そして牧師の妻なのに信仰心がないことを明言する奥さん…恐怖そのものもなかなかだけどその辺も面白かった。
「悲哀の湖」海での妻殺しの嫌疑がかけられている語り手が周囲の中傷から逃れるために新しく購入した屋敷に引っ越すと湖と呼ぶのに相応しい規模の池があり、おそろしい曰くがあるのを雇った庭師から知らされる。その辺りから始められる日記形式の物語。妻殺しの嫌疑は彼の記述では冤罪であり、自らを正当化させているが、どうも胡散臭いのがわかる。「ゴースト・ハント」と同じく西崎憲氏の翻訳で、何が起こっているのか一人の人間の主観の語りの手触りの心地悪さが本当にうまい。首筋に冷たい手を突然当てられるような感じだった。
「不死鳥」お金持ちで由緒正しい家柄の優れた数学者の手記と日記で展開されるお話。ヒッチコックの「鳥」ばりに鳥が怖いのだけど、庭園や建物の描写が丁寧でとても綺麗なだけに、クライマックスでは怖さ倍増。怪奇の理由も想像つくのでわりと素直に怖がることができた。
「蜂の死」予知能力があり、それで自分だけ爆撃から逃れた経験がある美貌の声楽家が夜毎夢にうなされるのを心配する一流の出版社の経営者の夫が妻に惚れ込んでいる共同経営者や専門医に相談するところから始まるお話。奥さんがえらく詳細に描写できる不発弾について夢に見ているのになにかの気の迷いのせいにしてしまい、奥さんは奥さんでウィーンで出会って致した同じ超能力者の男性の呪いだと思い込む。珍しく美しい女性が出てきてお話の中心にいたけれど、この世のものの感じがしない雰囲気があり、恐ろしさを備えていた。結びの描写は映画を見ているよう。それ以上でもそれ以下でもない感じ。予知能力はバカにできない。


以上、一日一話のつもりが途中かなり空きました。いま9月21日。
読んでいて、男性と無駄に仲がいい男性がよく出ていたり、嫌な感じの女性がよく出ていたりするので「この作家はゲイなのでは?」と思ったのだけど、結婚歴があってそれがあまりいいものじゃなかった模様。お話を味わうのには大した問題でもない?
怪奇の根本的なものをよくぼかしているのでもやもやとした読後感があるものが多いけれど、一話ごとにメモをとったので読み返すと超自然現象もこわいけどその人の反応もこわいところがあった。読みてには怖さがわかってるのに何で気づかない、みたいな。まさに「志村、うしろうしろ」みたいな。そういうのを感じさせるのがうまかった。
短編小説集を1冊読み切るのは私には難しい作業だけどこうやっておいおい読んで行けばいい、ただし読み終わるまでは他の短編に手を出さない。そういう決まりごとができそう。よいきっかけだ。